ペンギンの話

ペンギンのことをつらつら書いていきます。

動物園飼育員のお仕事がわかる。片野ゆか『動物翻訳家」

動物園には「レクリエーション」「教育」「研究」「種の保存」という4つの役割があると言われています。

いずれも重要な役割ですが、すべてに共通することは、動物を飼育管理下において行われるものである、ということです。

どんな大義名分があるにせよ、動物園を運営するためには、動物を本来の生息地から引き離し、限られた場所に閉じ込めなければいけません。そうである以上、飼育される動物たちへの福祉が不十分であれば、そこは見世物小屋や、マッドサイエンティストの人体実験施設と変わらないことになってしまいます。

だから、動物園スタッフは、動物たちにできる限り快適な環境を提供できるよう、さまざまな工夫をしています。この工夫のことを、「環境エンリッチメント」と呼びます。

環境エンリッチメントは広い意味を持つ言葉です。たとえば、動物がなるべくのびのびと過ごせるように広い飼育場を設けたり、植栽などによって生息地に近い空間を作り上げたりするような大掛かりな取り組みも含まれますし、動物が退屈しないようにおもちゃを与えるといった、手軽な取り組みも含まれます。動物が少しでも快適に過ごせるように尽くす「なんでもありのあの手この手」すべてが環境エンリッチメントに含まれます。

環境エンリッチメントは、動物福祉の観点から非常に重要なものです。そのため、NPO法人市民ズーネットワークでは、毎年その年にもっとも優れた取り組みを行ったと判断される施設に「環境エンリッチメント大賞」を授与し、取り組みを促進する活動を行なっています。

片野ゆか著『動物翻訳家』(集英社)は、この環境エンリッチメント大賞を受賞している4つの動物園に取材し、それぞれの施設で行われている取り組みについて、どのような思いから企画され、どのように実現させていったのかをドキュメンタリー形式でまとめた本です。取り上げられるのは、フンボルトペンギンの生息地であるチリのチロエ島の環境を再現した「ペンギンヒルズ」を有する埼玉県こども動物自然公園、樹上性であるチンパンジーが存分に木に登れるよう高木の森を模した「チンパンジーの森」を有する日立市かみね動物園、細やかなトレーニングによってアフリカハゲコウに自由に空を飛ばせることを可能にした秋吉台自然動物公園サファリランド、キリンが本来食べている「枝についた葉」を毎日高所に設置したり、キリンが自分ではなかなかかけない背中などをかきやすい棒を展示場に設けたりとキリンの要求を細やかに汲み取って飼育を続けている京都動物園の4つ。大掛かりな施設建設から飼育員の手による人海戦術まで含まれ、前述したように幅広いエンリッチメントの取り組みがよくわかる構成となっています。

読んでいて唸らされるのは、登場する飼育員の方々がみな、「そこまで考えるのか」と驚くほど、深く、細やかに動物のことを考え抜いていること、そしてそれを実現するために、粘り強く行動し続けていること。動物たちを丹念に観察しながら、「できることは全部やる」という姿勢で改善を進めていく姿には、敬意を抱かずにはいられません。物言わぬ動物たちの要求を汲み取り、展示や飼育方法として形に変換していく姿は、まさに「動物翻訳家」と呼ぶのがふさわしいものです。

普段、私たちが楽しく動物を見ている動物園が、どんな努力により成り立っているのか、そこで働いている人たちはどんな思いで仕事をしているのか。本書は、動物園に対するより深い理解を、私たちに与えてくれることでしょう。

読み終える頃にはきっと、動物園へ向ける眼差しが変わっていることと思います。

是非是非読んでみてください。