ペンギンの話

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動物園のためにできること。川端裕人・本田公夫著『動物園から未来を変える』

川端裕人・本田公夫著『動物園から未来を変える ニューヨーク・ブロンクス動物園の展示デザイン』(亜紀書房)を読む。

『動物園にできること』『ペンギン、日本人に出会う』といった著書を持ち、動物園・水族館に造詣の深い作家である川端裕人さんが、アメリカ合衆国ニューヨーク市にあるブロンクス動物園で展示グラフィックアーツ部門のスタジオマネージャーを務める本田公夫さんを訪ね、園内を歩きながら行ったインタビューに基づいて、21世紀の動物園にできることはなんなのかを模索した本である。

舞台となるブロンクス動物園は、1899年の開園以来、世界の最先端を走り続けてきた動物園だ。ランドスケープイマージョンの手法を取り入れ、アフリカの熱帯雨林をそのまま持ってきたかのような設計で世間の度肝を抜いたゴリラ展示施設「コンゴ」など、先進的な展示をいくつも作り出してきた。マダガスカルの野生動物を守るための国際的なコンソーシアムであるマダガスカル動植物グループの設立において中心的や役割を果たすなど、「動物園は種の保存や生息地の保全にかかわるべきだ」という流れを創り出した動物園のひとつでもある。日本の動物園関係者も、ニューヨークを訪れた際には必ずと言っていいほど「ブロンクス詣で」をするくらいで、動物園好きにとっては「聖地」とさえ言える場所である。

本田公夫さんは、そんなブロンクス動物園の展示グラフィックアーツ部門で20年あまりに渡って働いてきた。展示グラフィックアーツ部門とは、来園者に動物をどのように見せるのかを考え、展示をデザインする部署だ。来園者にどのようなメッセージを伝え、どのような体験をしてもらうのか。そのためには、展示場をどう設計し、ビューポイントをどこに設け、解説パネルをどう配置すればいいか。それらを考え、動物園の「インターフェース」をデザインするのが主な業務である。いわば動物園の「世界観」を作り上げる仕事だ。飼育部門、研究部門と並んで、動物を「見せる」場所である動物園の根幹を担う部門と言える(残念ながら、日本の動物園にはまず存在しないけれど)。世界最高峰の動物園でそれを担っている本田さんは、動物を「見せる」ことにおいて少なくとも日本人の中ではもっとも広い視野を持った人物である。

本書では、ブロンクス動物園の中心的な展示について、本田さんの目を通してその特徴や意義、そして限界が説明される。その上で、「動物園は、来園者にどのようなメッセージを伝えることができるのか。来園者の意識に、どのような影響を与えることができるのか、あるいは与えるべきなのか」について、本田さんの思いが語られる。

その内容は、すべてが刺激的だった。

私はまず、「コンゴ」や「マダガスカル!」のような展示が紹介される部分を読むだけで衝撃を受けた。

たとえば「コンゴ」ではアフリカの熱帯雨林の様々な展示を見た後、主役となるゴリラが登場する前に、「保全シアター」というホールで映像作品を視聴する流れになっているという。ディズニーランドのホーンテッドマンションで、ライドに乗る前にホールでだまし絵による演出を見る、あのイメージだ。視聴する映像作品は、熱帯雨林にいる野生のゴリラについてのドキュメンタリー。ここまでなら、よくある演出といえるかもしれない。すごいのはここからで、映像作品が終わった直後、スクリーンの左右にあるカーテンが開いて、何もないと思っていたその向こうが、ゴリラの展示場であったことが明かされる。ランドスケープイマージョンの技術を駆使しているから、展示場は実際の生息地のよう。まるで、今まで映し出されていたアフリカの熱帯雨林の映像の中にワープしてしまったかのように、本物のゴリラが目の前に現れるというのだ。

文章を読んでいるだけで、震えるような演出である。日本の動物園の飼育員さんが、手書きのポップで頑張っているときに、海の向こうではそれをやっちゃうのかよ、とめまいがするほどだ。もちろん、日本とアメリカとでは社会的な背景も国民が動物園に求めているものも違うから、単純に優劣をつけることはできないけれど、文字通り世界の広がるような刺激である。

そんな風に文句のつけようのなさそうな(聴き手である川端さんも純粋に感動していたりする)展示について、しかし、本田さんは、「ここは納得がいっていない」「ここはもっとよくしたい」と次々にダメ出しをする。

同じく「コンゴ」を例にとれば、「保全シアター」の前にある「保全ショーケース」(アフリカの熱帯雨林とゴリラが直面している危機と、それに対して動物園が取り組んでいること、人間にできることを紹介するエリア)には中央に「伐採されようよしてる巨木」の精巧な模型がそびえている。そこまでの通路で熱帯雨林の直面する深刻な状況について知らされてきた来園者に大きなインパクトを与える視覚効果抜群の展示だが、本田さんは「問題がある」と指摘する。

この木が真ん中にあるのは、要するにシンボルとしてはわかるんですけど、来園者は、木の右側か左側かどっちを通るかをまず選択しなきゃいけないんですね。そうするとせっかくここで保護・保全の解決策を提示したいのに、ちゃんと集中して見てもらえないっていうジレンマがあって。

完璧に見えるものをさらに向上させるために常に考え続けているその姿勢には、敬服せざるを得ない。

こんな風に妥協を許さないのは「動物園が提供しうるもの」について、本田さんがより長い射程で考えているからだ。

 

飼育下で繁殖したものを野生に戻すのは夢物語に近いという現実に目覚めた時、動物園という施設の存在意義は、何よりも都市生活者にとっての野生動物の世界、自然界への“窓”を提供することにあるのではないでしょうか。そんな議論は前からあったのですが、2005年あたりから、当時のWCS(引用者注:ブロンクス動物園を含む4つの動物園・水族館を運営する上部組織)の会長が“保全への門口(gateway to conservation)”という言い方を始めました。つまり、“窓”を超えて“門口”なんです。僕たちが見据えているものは。

 

さらに僕は、自然体験への門口だと思っています。動物の飼育を否定したり、動物に人間と同様の基本的権利を与えようとする人たちは、自然のプロセスというものを知らない完全な都市生活者で、自然というものを実態から離れたファンタジーとして見ていると思います。“自然欠乏症候群”というやつです。だったら、動物園や水族館は、都市生活者が感覚的・身体的に自然に触れることができる体験を提供しなければならないんじゃないでしょうか。

そのように考えて、草の根にとどまらず、ディズニーランドのアトラクションをひとつ作るような勢いで実際に手を動かしている(繰り返すが、本田さんはブロンクス動物園の展示を担う責任者だ)人がいるということには、感嘆するしかない。同時に、本田さんの描く未来が現実になったときのことを考えて、ワクワクしてしまう。

動物園の好きな人なら、きっと、同じ思いを感じてくれるのではないか、と思う。

これだけでも、十二分に読む価値のある内容だけれど、本書にはまだ先がある。

本書は主にブロンクス動物園について語られた本だけれども、最終章では、日本の動物園のこれからについても触れられている。アメリカとは大きく状況の異なる日本の動物園が持つ強みは何なのか、その強みを活かして、これからどのように発展していけるのかが語られているのだ。学生時代に東京動物園ボランティアーズでの活動に明け暮れ、日米どちらの視点からも眺めることができる本田さん、そして長い間、日米双方の動物園を取材し続けてきた川端さんの語るそれらの内容には説得力がある。

多くが自治体経営であるため組織としての力が弱く、一部の「スーパー飼育員」の献身に頼るしかない日本の動物園にできることとして、本田さんはこう語る。

誰かが壁を破ってこんなことができるんだと示してやれあ、まずは熱心な市民が気づきますし、自治体に要望を出していくこともできます。だから、そういう意味で、やっぱり希望は、現場の若い人たちです。若者たちが新しい知見をどんどん取り入れるのを上の世代や管理職がサポートできる体制を作るべきです。さらにそれを、ソーシャルネットワークなどでつながっている、あるいはリアルな人間関係でつながっている外の人たちがサポートしていければよいです。そういうことを通じて、社会的認知度が上がって浸透していくんじゃないでしょうか。いや、極端に言うとそれしかないのかなって。役所を変えるために一番簡単なのは市民の意見を変えることですから。若手職員とそれをとりまく動物園ファンが一緒になって世論を引っ張っていくみたいな感じですかね。

本田さんの言葉を受け、川端さんもこう付け加えている。

動物園は定期的に「再整備」を繰り返さなければならない施設だ。その際に、基本計画の策定の前から市民ミーティングを開いて意見を取り入れるケースが増えている。

これがあくまで形式的なものにとどまるか、実効のあるものになるかは、自治体の職員の心づもりだけでなく、地元の市民がどれだけ動物園について現代的な問題意識をもって参加するかと言うこともかかわっている。(中略)つまり、本書を手にとるような、意欲ある動物園職員や、動物園に関心のある市民が、一緒に育たなければならないということだ。

これは、これから動物園で働きたいと考える若い人たち、そして、何より動物園をとりまく私たちを勇気付けてくれる言葉ではないだろうか。直接、動物に関わるわけではなくても、動物と動物園のためにできることが、私たちにもきっとあるのだと思わせてくれる。

本書の「キモ」はここにある。

「動物園にできること」を考え続けている本田さんの思いを通じて、読者は「じゃあ、私たちにできることはなんだろう?」と考えられるようになる。本書は、まさしく「門口」となるべく書かれたものなのだと思う。

「私たちにできること」を見つけるためのヒントは、本書の中にあふれている。私がそうであったように、読めばきっと、たくさんの発見があるはずだ。

動物園が好きな人、何かできることがないかと考えている人に、ぜひオススメしたい1冊である。

 

動物園から未来を変える―ニューヨーク・ブロンクス動物園の展示デザイン

動物園から未来を変える―ニューヨーク・ブロンクス動物園の展示デザイン