ペンギンの話

ペンギンのことをつらつら書いていきます。

ようこそ最強の沼へ。

けものフレンズ2の第7話で、プロングホーンのフレンズが登場しました。分類の複雑な偶蹄類に属し、知名度もそれほど高くないと思われる動物ですが、フレンズの出で立ちや性格から興味を持った人が、それなりに現れたように思います。

プロングホーンは、走行時の最高時速が90km/hに達し、チーターに次いで2番目に速い動物であると言われています。

プロングホーンのこのスピードは、長年、研究者たちを悩ませてきました。というのは、そんなに速く走らなければ振り切れないような捕食者が、生息地である北米大陸には存在しないからです。現代の北米大陸の生物相から考えると、プロングホーンは無駄に速い。走るというのは大きなエネルギーを消費する運動ですから、必要もないのに速く走るように動物が進化するというのは考えにくいことです。走るからには何か理由がある。それはなんなのか。

ヒントになったのは、ネコ科動物の進化の歴史でした。化石の記録から、史上最速の陸上動物であるチーターの祖先が、北米大陸で誕生したことがわかったのです。

プロングホーンの祖先は、かつて同じ地域に生息していたチーターの祖先から逃げるために、速く走る能力を手に入れたのではないかと、研究者たちは考えました。

プロングホーンの祖先は、チーターの祖先から逃げ切れるように速く走るようになる。一方でチーターの祖先も、プロングホーンの祖先を捕まえられるようにより速く走るようになる。その積み重ねによって、プロングホーン、チーター双方のスピードが進化してきたというのが、現在、もっとも有力な仮説です。

このように、複数の生物種が互いに影響を与えあいながら進化していく現象を、「共進化」と呼びます。

共進化という現象が教えてくれるのは、「ある生物を理解するためには、その生物だけを見ているのでは不十分である」ということです。プロングホーンについて理解を深めるために、私たちはチーターについても知らなければいけませんでした。生物は周囲の環境やほかの生物からさまざまな影響を受けていますから、ひとつの生物について理解しようと思ったら、それと関わりあうほかの生物についても、知っていかなければいけません。ペンギンブログらしくペンギンの例を挙げれば、アデリーペンギンの繁殖の成功率はその年のナンキョクオキアミの資源量と取りやすさに左右されますから、ナンキョクオキアミについても知ることなしに、アデリーペンギンを理解しきることはできません。

こう書くと、あるいは生き物に関心を持ちはじめた初学者の方を脅しているように感じられるでしょうか。まあ、ある意味脅していると言えのるかもしれません。ひとつの生き物に関心を持った時点で、その人は別の生き物にも関心を持たざるを得ない状況に追い込まれているということは、言い換えれば、「あるひとつの生き物に関心を持ってしまったその時点で、あなたは底なし沼に足を踏み入れている」ということなのですから。

プロングホーンについて理解を深めるために、チーターについて調べてみる。話はそこでは終わりません。あなたがオタク気質を持ち合わせる人間であれば、チーターについて知るなかで、別の疑問が湧いてくるはずだからです。あなたはきっと思う。「チーターが北米でピューマの系統から生まれたことはわかった。じゃあ、なんで北米でチーターは滅び、ピューマは生き残ったのか」。関心の矛先はピューマに向かい、ピューマについて調べはじめたら今度はその獲物であるワピチが気になりはじめ、ワピチについて調べはじめたら別の捕食者であるタイリクオオカミが……。気になることは芋づる式に次々の湧き出てきて、あなたはズブズブと、沼に沈んでいくことでしょう。すべての生物が生態系の中で密接に関わり合っている以上、これは避けようがありません。

そして、生物は、現在名前が付けられているものだけでも、およそ150万種存在します。その背後に、まだ名前の付けられていない生物が星の数ほど潜んでいます。どれほど頭の良い人でも、一生のうちにそのすべてについて調べつくすことは不可能でしょう。理論的には底があるのかもしれませんけれど、人間の寿命を勘案すれば、実質底なし沼。生物を見ていくことは、一生終わることのない(終えることのできない?)遊びなのです。

けものフレンズで新しいフレンズが登場し、その原作動物に興味を持ったらしい人のツイートが流れてくるのをいつも、私はニヤニヤしながら見ています。けものフレンズがきっかけて動物園に行くようになった、というコメントにはよりいっそうニヤニヤします。ほかの沼の住人からはあるいは異論が出るかもしれませんけれど、内心私は思っています。

ようこそジャパリパークへ! あなたが落ちたのは、最強の沼です。