ペンギンの話

ペンギンのことをつらつら書いていきます。

「ペンギン」の語源について

「ペンギン」という言葉を知らない日本人は、おそらくいないことと思います。この言葉を聞けば誰しもあのずんぐりとした飛べない鳥をすぐ思い浮かべるでしょうし、逆に「これはなんだ?」と写真などを見せられれば、即座に「ペンギン」と答えることができるでしょう。

では、この「ペンギン」という言葉は、一体どのようにして生まれたものなのでしょうか。

「ペンギン」の語源については、大きく2つの説があります。ひとつは、古代ウェールズ語で「白い頭」を意味する「pen-guyn(ペン・グィン)」に由来するというもの。もうひとつは、ラテン語で「太った」を意味する「pinguis(ピングィス)」に由来するというものです。

というと、首をかしげる方がいらっしゃるかもしれませんね。「太った」はわかるけれど、「白い頭」ってどういうこと? と。確かに、現在「ペンギン」と呼ばれる鳥たちだけを見ていると、「白い頭」がそれらの特徴を捉えた言葉であるようには思われません。

その点について説明するためには、かつてヨーロッパに生息していた「もうひとつのペンギン」に登場してもらう必要があります。エトピリカやパフィンを含むウミスズメ科の最大種であった、絶滅動物のオオウミガラスです。「白い頭」説は、南半球の飛べない鳥たちに先んじて「ペンギン」と呼ばれていたこの鳥の頭部に、白い斑点模様がついていたことを根拠に提唱されたものなのです。

「太っちょ」と「白い頭」。どちらが正解であるか、完全な決着はついていません。しかし、日本ペンギン会議の上田一生さんは著書の『ペンギンは歴史にもクチバシをはさむ』(岩波書店)のなかで、ラテン語語源説が優勢であるとしています。

理由のひとつは、「ペンギン」という言葉が文献に頻出するようになったのが16世紀であること。それ以前に「ペンギン」という言葉が存在していた証拠は、「トーマス・バッツという人物がそれらしいことを話していた」という記録以外になく、「ペンギン」という言葉が生まれたのが16世紀であることが示唆されます。このとき「ペンギン」という言葉は、オオウミガラスや、それ以外のウミスズメを含む表現として用いられていました。

もうひとつの理由は、16世紀よりももっと昔、ヴァイキングが活躍していた12世紀頃から、オオウミガラスは「ゲイルフーグル」というまったく別の名前で呼ばれはじめ、「ペンギン」という言葉が使われはじめた16世紀にも定着していた記録があること。ペンギンに先んじて「ペンギン」と呼ばれていながら、オオウミガラスは、もともと「ペンギン」ではなかったんです(ややこしい)。

オオウミガラスにはすでにまったく別の固有名が与えられていたにも関わらず、それより後の時代に、オオウミガラスをピンポイントで示すような「白い頭」という言葉を、ほかの鳥を含んだより集合的な名詞として使うようになるとは考えにくく、古代ウェールズ語語源説は根拠が薄いのではないか、と上田さんは書いています。それよりは、これらの海鳥全体に共通するずんぐりした体型を表す「太った」が語源と考えるほうが妥当である、というわけです。

このようにして生まれた「ペンギン」という言葉には、この後、もう一捻り変化が加わります。

そのきっかけとなったのが、今「ペンギン」という名前で呼ばれている鳥たちの発見です。

16世紀以降、航海技術の発達により西洋人たちは次々と南半球、亜南極圏の島々に到達し、そこで、オオウミガラスとよく似た、さまざまな飛べない鳥たちと出会います。そして彼らのことも、「ペンギン」と呼ぶようになりました。これによって、「ペンギン」という言葉は、今までそう呼ばれていた鳥たちのうち、「よりペンギン(太った)っぽいやつら」を指す言葉に変わっていったと考えられるのです。パフィンやエトピリカ、ほかのウミガラスなどは除かれ、特にまるまるとして飛翔能力さえ失ったオオウミガラスと、南のペンギンたちを限定して指す言葉に変わっていきました。

その後、乱獲によりオオウミガラスが絶滅してしまうと、「ペンギン」と呼ばれる鳥は、今のペンギンたちだけとなりました。こうして「ペンギン」という言葉は、南半球に生息する太った飛べない海鳥たちを指す言葉となったのです。

北半球の寒い海に住んでいた海鳥たちを指す言葉が、いつの間にか、地球の反対側、南半球の寒い海に住む海鳥たちを指す言葉に変わっていく。「ペンギン」という言葉のルーツには、言語や文化の奥深さが詰まっているように感じられます。

パフィンちゃんが「ペンギン」と呼ばれていた世界線も、ひょっとしたらあったんですよ。

 

ペンギンは歴史にもクチバシをはさむ

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