ペンギンの食事について
動物の体の作りや行動には、その動物が歩んできた進化の「れきし」と、その動物が今、営んでいる「くらし」が色濃く反映されています。「れきし」や「くらし」を知ることで、その動物について、より深く、理解することができるようになります。
動物たちの「くらし」のなかでもっとも大きな比重を占めるのは、「エネルギー摂取」、つまり「食事」でしょう。どんな食べ物をどのようにして食べているかは、その動物の体のつくりや行動に大きな影響を及ぼします。
そこで今日は、ペンギンの「食事」について、触れてみたいと思います。
野生のペンギンは何を食べているのか?
生活のほとんどを海中で送る海鳥であるペンギンは、もちろん、食べ物も海の中で得ています。アジやイワシなどの魚類、イカやタコなどの頭足類、オキアミやヨコエビなどの甲殻類といった海の動物が主な食べ物です。
これら海の動物のうち特定のものしか食べられない、というコアラのような偏食のペンギンはいないものの、どれを主食とするかは、種類によって違うようです。ケープペンギンやフンボルトペンギンなどは小型の魚類への依存度が高く、南極周辺のペンギンたちにとっては、この海に膨大に発生するナンキョクオキアミが重要な食べ物となっています。オウサマペンギンはイカをよく食べる、というような報告もあります。
動物園・水族館ではペンギンに何を与えているのか?
動物園・水族館では、入手・管理のしやすさから、アジやイワシ、キビナゴなどの小魚やイカを与えていることが多いようです。年や季節によって特定の魚がたくさん獲れたり獲れなかったりしますから、様々な魚種を組み合わせて、偏りが出ないように与えているそう。たいていの動物は新しい食べ物に遭遇したとき、はじめは少しずつしか食べなかったり、まったく食べなかったりします(これを「ネオフォビア(新奇物忌避)」と呼びます。その食べ物に実は有毒成分が含まれていた場合などに備えた適応と言われています)。猫を飼っていて、病気などの理由で食事を変更しなくてはいけなくなったとき、なかなか食べてくれなくて困った、という経験をしたことはないでしょうか。ペンギンも同じように、新しい食べ物は受けつけてくれない恐れがあるため、それまで与えていた食べ物が手に入らなくなってしまった場合に備えて、日頃からさまざまな食べ物を与えるようにしているそうです。
これらの食べ物は週に1〜数回決まった日にまとめて業者から購入され、施設内の冷凍室で保管されます。そこから、毎日必要な分だけ解凍され、ペンギンたちに与えられます。栄養成分の変性を極力防ぐため、加熱器具などは用いず、流水下で半日ほどかけて自然解凍することがほとんどです。
ただ、それでも保存・解凍の過程で、とくに水溶性ビタミン(ビタミンB群、C)やミネラルなどは失われることが多く、そのためこれらの栄養素はサプリメントで補給しています。ペンギンは食べ物を丸呑みにするので、カプセルなどにサプリメントを入れて魚の中に埋め込んでおけば、そのまま食べてくれるようですね。
推奨される食事については、アメリカ動物園水族館協会(AZA)などが資料を提供しています。
ペンギンの雛は何を食べているのか?
鳥類であるペンギンは哺乳類のように母乳が出ないので、卵から孵った雛たちは親鳥が食べて消化したものを口移しで食べさせてもらいます。特殊な例として、コウテイペンギンの雄は雛が孵ってから雌が戻ってくるまでの間、食道から分泌される「ペンギンミルク」と呼ばれる分泌物を雛に与えます。
動物園・水族館で飼育されている場合も、親鳥が子育てをする場合は同様です。しかし、なんらかの理由で人工哺育をしなければならなくなった場合には、小魚やオキアミをミキサーですりつぶし、ペースト状にしたものを与えているそうです。
ペンギンはどのようにして食べ物を捕らえるのか?
では、海のなかでペンギンたちは、どのように食べ物を捕えているのでしょうか。
採餌旅行
ペンギンが海へ食べ物を探しに出かけることは、採餌旅行と表現されることが多いです。
採餌旅行の長さは、種類や時期よって違います。たとえば産卵直後のコウテイペンギンの雌は110日間かけて1100kmほども移動しますが、ガラパゴスペンギンでは1日8時間ほどの採餌旅行で毎日コロニーへ帰り、海岸線から1.1km以上離れた場所まで出かけることは滅多にありません。このような違いには、食べ物の手に入りやすさや一度に必要となる量などが影響しているのではないかと考えられます。
マゼランペンギンでは、採餌旅行に一定の計画性が認められています。彼らは周辺の海の資源量に応じて近くで獲物をとるか、遠くまで出かけるかを決めていますが、遠くで獲物をとるために出発するときは、近くで獲物をとるときよりも早い時間に海に出るのだそうです。マゼランペンギンは、出かける前から、その日、どこまで採餌旅行に出かけるかを決めているようなのです。
採餌潜水
採餌旅行に出たペンギンは、3つの泳ぎ方で獲物までたどり着きます。ひとつめは移動潜水。水面下の浅いところを水平に泳ぎます。このとき、息継ぎをしながら「イルカ泳ぎ」をすることもあります。餌場近くまでくると、バウンス潜水をはじめます。これは、水面から深い角度で潜行し、一定の深さまで潜ったらそのまま真っ直ぐ引き返してくる潜水で、これによって餌場を探ります。最後に、「ここで獲物を捕る」と決めたら、「採餌潜水」に移ります。このときは一定の深さまで潜った後、水平に泳ぎ回って獲物を捕まえます。
このとき、ほとんどのペンギンは、獲物より少し深いところまで潜って、下から獲物を捕まえるようです。こうする理由として、ひとつは自分の影で獲物に気づかれないようにするため、もうひとつは逆に獲物の影を見つけやすくするため、さらに、獲物を追う際に浮力を利用して最小限の力で加速できるため、といった説が考えられています。
採餌潜水でどれくらいの深さまで潜るかも、種によって異なります。オウサマペンギンは比較的深く潜る傾向があり、水深220mを超える深海で獲物をとることも珍しくないようです。逆にガラパゴスペンギンはほとんどの場合、2.7mより深く潜ることはありません。
ペンギンの潜水において興味深いのは、彼らは潜る前に「どのくらいまで潜るか」をあらかじめ決めているということです。
ペンギンは肺呼吸をしていて体内に空気を含んでいますから、海水よりも比重が小さく、何もしなければ浮力によって水に浮きます(私たちと同様です)。ペンギンが海に潜るときは、羽ばたく力で浮力に抗って潜っていかなければいけません。しかし、潜れば潜るほど、体内の空気は水圧によって圧縮され、その分、浮力が小さくなります。そして、ある深さで、浮力と、体を下へ引っ張る重力とが釣り合って、「何もしなくてもその深さに止まることができる」ようになります。このときの浮力を「中性浮力」と言います。中性浮力のはたらく深さにいるときは、泳ぐエネルギーをほぼ、水平移動に費やすことができます。そこでペンギンは、獲物を捕まえるときの効率を高めるために、ちょうど獲物のいる深さ(厳密にいえば、少し下?)で中性浮力が得られるよう、潜水前に吸い込む空気の量を調節しているのです。ということは、彼らはあらかじめ、「どのくらいの深さまで潜るか」を決めてから潜っているということになります。採餌潜水の前に行われるバウンス潜水は、その際の情報を集めるためのものと考えられます。
水中でのペンギンの行動には、効率よく食べ物を入手するための工夫が備わっているのです。
食事に適応したペンギンの体のつくり
獲物を捕らえるための特徴
もちろん、ペンギンの体のつくりにも、海の中で食べ物となる動物を捕らえるためのさまざまな特徴が備わっています。
まずは嘴。ペンギンの嘴は左右に扁平で、水中で開閉したときに抵抗が少ないようになっています。また、種によって比率は様々ですが長く前方に伸びています。これらの特徴によって、水中で逃げ回る魚などを捕えやすくなっているのです。
また、口腔の形態にも特徴があります。鳥類であり歯を持たないペンギンは、その代わりに口の中の粘膜に、口の奥に向かうトゲ状の突起がたくさん生えていて、捕えた獲物を逃しにくいようになっています。
さらに、上の写真でもわかるとおり、嘴が左右に扁平であり、目が顔のやや前方を向いてついていることから、ペンギンは、顔の正面をしっかりと両目で見ることができます。これによって対象との距離を正確に把握することができ、獲物を捕まえやすくなっています。ペンギンの両眼視可能な視野は、猛禽類であるフクロウと同じくらいあるそうです。
ペンギンの白と黒の体色も、獲物を捕らえる際に役立ちます。白いお腹は、ペンギンよりも深い場所にいる獲物から見たとき、空の明るさに紛れて見えにくくなります。黒い背中は、逆にペンギンよりも浅い場所にいる獲物から見たとき、海底の暗さに紛れて見えにくくなります。これによって、接近を獲物に気づかれにくくしているのです。
この体色は、逆にペンギンの捕食者から身を守るのにも役立ちます。このような工夫は外洋で生活する生き物にある程度共通しているようで、ペンギンに限らず、マグロなども同様の色合いをしています。
食べ物を保存するための特徴
前述のとおり、ペンギンは半消化状態の食べ物を吐き戻して雛に与えます。そのため、食べたものをすぐには消化しきらずに、胃の中に蓄えて置かなくてはいけません。パフィンのように嘴にたくさんくわえたり、猛禽類のように足でつかんで持ち帰ることができませんし、ペンギンはそ嚢(食道が変化してできた袋状の構造で、食べ物を貯蔵するために使われる)を持っていないので、獲物を捕らえてから巣に帰るまでのあいだ、胃の中にとどめておく必要があります。とくにコウテイペンギンなどのように一度の採餌旅行が長期にわたるペンギンでは、相応の工夫が必要です。
工夫のひとつとして、ペンギンは、採餌後から上陸後しばらくのあいだ、胃のpH(液体の酸性の強さを表す指標で、数字が小さいほど酸性が強いことを意味します)を消化時の5より高い6に保っておくことができます。胃の中で食べ物を分解する酵素であるペプシンは、ある一定のpH環境(この場合はpH5)以外ではそのはたらきが低下するため、これによって食べ物の消化が進みすぎるのを防ぐことができます。
しかし、ペンギン自身が消化をしなくても、長期間、恒温動物の体内のような温かい環境に食べ物を置いておけば、細菌などのはたらきでどんどん食べ物は分解されていきます。端的にいえば、腐敗していきます。これでは食べ物として雛に与えることはできませんし、体内に腐敗したものを貯蔵していれば親鳥の健康も害されてしまいます。オウサマペンギンのようにとくに長期間、食べ物を貯蔵しておかなければならないペンギンは、これにも対応しなければいけません。
オウサマペンギンを対象にした研究では、抱卵中、絶食している雄の胃ではスフェンシンと呼ばれる抗菌物質が分泌されており、このはたらきで胃内の細菌のはたらきが抑制されていることがわかっています。スフェンシンはとくに、強力な耐性菌の発生が問題視されているStaphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌。耐性菌MRSAが有名)や、Aspergillus fumigatus(肺アスペルギルス症の原因菌。ペンギンの感染症としても有名)に有効で、このはたらきによって、オウサマペンギンは胃の中の食べ物と自分の体を守っていると考えられています(スフェンシンには、耐性菌の発生を抑制する仕組みまで備わっているそうです。すごい)。
ペンギンは味を感じる?
味覚は、食べ物について多くの情報を与えてくれます。甘味は糖分の存在を、塩味は塩分の存在を、旨味はアミノ酸の存在を、苦味は有毒物質の存在を、酸味は腐敗物質の存在を示す記号になっているとされ、食べてよいものか、どんな栄養が得られそうかについて検討する手がかりとなります。「食事」に関わる重要な感覚です。
味覚は食べ物と密接に関わっている分、動物の食性によって違いがあることがあります。たとえば猫は、甘味を感じることができません。完全肉食動物であり、主に蛋白質と脂質からエネルギーを得ているため、甘味を感じ、糖分の存在を検知することができなくても、生存に支障がなかったためであると考えられています(猫がホイップクリームを好むのは、甘いからではなくて脂肪分たっぷりだからです。不都合な真実)。
では、ペンギンはどうでしょうか。ペンギンの遺伝子を調べたところ、旨味や苦味を感じるための遺伝子が失われているらしいことがわかっています。アデリーペンギンとコウテイペンギンでは甘味を感じる遺伝子もなくなっており、ひょっとするとほかのペンギンも同様に、甘味を感じることができないかもしれません。
ペンギンがこれらの味覚を失った理由は判然としませんが、甘味・旨味・苦味に関わるある蛋白質は低温下では活性が低下することがわかっており、寒い地域で生活するペンギンでは機能せずに、進化の過程で失われてしまったのではないかという説があります。魚などを食べる生活ではこれらの味覚が必要なかったため、失われても問題がなかったのではないかとも考えられています。
食事と生息状況
外部からエネルギーを取り入れなければ、動物は生きていくことができません。したがって、食事は、ペンギンの生息状況にも大きな影響を与えることになります。
たとえば、食べ物のほとんどをペルー海流に乗ってやってくるカタクチイワシなどの小魚に依存しているフンボルトペンギンは、このペルー海流が変化するエルニーニョの発生により個体数が変動します。エルニーニョが発生すると、コロニーのある場所からより遠くの冷たい海までいかなければ食べ物が得られなくなり、採餌旅行にかかる時間が長くなります。それが限界を超えると、巣に帰ることができなくなり、待っていたパートナーも子育てを断念せざるを得なくなってしまいます。エルニーニョの発生した年には、すべての雛が餓死してしまったコロニーも報告されているほどです。
それでも、これまでフンボルトペンギンたちは、エルニーニョとうまく付き合いながら生きてきました。しかし、巣穴を作っていたグアノの土壌が肥料として根こそぎ採取されて子育てができなくなったり、漁業によって食べ物となる魚類が減少し、通常時でも餌が得にくくなったりすることで、フンボルトペンギンの個体数は大きく減少し、エルニーニョによる打撃をカバーできるかどうか怪しい状態にまでなってしまいました。そのため、大きなエルニーニョが発生した場合にそれを乗り越えられるのか、懸念されています(気候変動により、エルニーニョの影響そのものが大きくなっているという懸念もあります)。
また、アデリーペンギンではナンキョクオキアミの資源量と繁殖の成功率の相関関係があることがわかっています。気候変動によりナンキョクオキアミの資源量が減少し、それを追いかけるようにアデリーペンギンやヒゲペンギンの数が減少した事例も報告されています。
まとめ
このように見ていくと「食事」はペンギンのさまざまな特徴と密接にかかわっていることがわかります。「何を食べているか」は、基本的な問いかけのようで、実は奥が深いものです。調べてみると面白い発見がたくさんあるので、ぜひぜひ皆様にも、掘り下げてみてもらえたら、と思います。
参考文献
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