ペンギンの話

ペンギンのことをつらつら書いていきます。

海を飛んでいるのは誰か。

ペンギンは「海の中を飛んでいる」と表現されることがあります。いささか詩的に過ぎる表現かもしれませんが、実際、フリッパーを羽ばたかせて水の中を矢のように進んでいく様子は水の抵抗を感じさせないほど軽やかで、「飛翔」と呼ぶに相応しいように思われます。旭山動物園サンシャイン水族館日本平動物園のように、来園者の頭上に水槽を設け、ペンギンがあたかも飛んでいるかのように演出する施設が多くみられるのは、多くの飼育員さんが、「これこそがペンギンだ」と信じていることの証左でしょう。

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ペンギンが空を飛んでいるように見えるサンシャイン水族館の「天空のペンギン」水槽

しかし実際のところ、「海の中を飛ぶように泳ぐ」という表現により近いのは、ペンギンの仲間ではなく、ミズナギドリ目モグリウミツバメ科やチドリ目ウミスズメ科の鳥たちかもしれません。ペンギンと違って飛翔能力を保持しているこれらの鳥たちは、水の中でも、空を飛ぶのと同様のメカニズムで翼を動かして推進力を得ているからです。

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ウミスズメ科の一種ウミガラス葛西臨海水族園

空を飛ぶとき、鳥は広げた翼を力強く打ち下ろして推進力(と浮き上がる力)を生み出しています。打ち下ろした翼を持ち上げるときは、逆に空気の抵抗によるブレーキがかかってしまうため、それを小さくするために翼を畳んで持ち上げます。このときは推進力を得ていません。モグリウミツバメやウミスズメの仲間は、水中でも同様に、「翼の打ち下ろし」によって推進力を得ています。微妙に翼の角度などを変えながら、飛ぶ技術を泳ぎに応用しているのです。

ただ、そのために彼らの泳ぎは、「泳ぎ」としてはやや非効率なものとなっています。「翼の打ち下ろしによる加速」と「(翼を持ち上げるときの)抵抗による減速」を交互に繰り返して進むのは空気中と同じでも、水は空気に比べてずっと抵抗が大きいので、減速の度合い、エネルギーのロスが大きくなってしまうためです。また、飛ぶための翼は櫂として用いるにはいささか大きく、抵抗によって羽ばたくときの体軸のブレも大きくなるため、ペンギンに比べるとややギクシャクした泳ぎに見えます。

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一方、飛ぶことをやめたペンギンは「飛ぶための体の動き」から解放されたことで、「泳ぐために最適な動き」を獲得しました。ペンギンたちウミスズメなどと異なり、打ち下ろすときと持ち上げるときの両方で推進力を得られるように角度を変えてフリッパーを動かすことで、減速によるエネルギーロスのない効率的な泳ぎを実現しています。また、揚力を得る仕事から解放されたフリッパーは櫂として使いやすい大きさ、形態に特化させることができ、体軸のブレもずっと小さく、滑らかに進んでいくことができるようになりました。

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結果として、泳いでいるところを比べてみると、ウミスズメの仲間に比べてペンギンの仲間のほうが、優雅で華麗であるように思われます(主観)。「飛んでいる鳥」にどちらが近いかといえば、やはりペンギンであるように見えるでしょう(主観)。力学的には「飛ぶように泳いでいる」モグリウミツバメやウミスズメよりも、「完全に泳いでいる」ペンギンのほうが「飛んでいる」ように見えるというのはなかなか味わい深い逆説です(日本のペンギン研究の草分けである青柳昌宏先生は、ペンギンについて「泳ぐように飛ぶ」と表現されていました。秀逸だと思います)。

なお、念のため付け足しておくと、ウミスズメやモグリウミツバメの仲間の生物としてのスペックがペンギンに比べて劣っているというわけではありません。大前提として、彼らは空を飛べる。餌をとるために100kmくらいは軽々飛んで移動でき、おまけに泳いで魚を捕まえられるわけで、むしろとんでもないスペックの持ち主です(飛べるのだから、疲れずに長く泳ぐための泳法は必要ない、とも考えられる)。ただ「泳ぎ」という部分に限ってみれば、スペシャリストであるペンギンのほうに分がある、というわけです。

ニシツノメドリやエトピリカウミガラスといったウミスズメ科の鳥類とペンギンを両方展示している水族館や動物園もいくつかあります(那須どうぶつ王国鴨川シーワールド葛西臨海水族園海遊館など)。機会があれば足を運んでみて、泳ぎ方を見比べてみるのも楽しいかもしれません。

 参考文献