ペンギンの話

ペンギンのことをつらつら書いていきます。

環境エンリッチメントのこと。

動物園には、4つの役割があるとされています。来園者のよりよい暮らしに資するための「レクリエーション」、希少な野生動物を飼育下で保全するための「種の保存」、飼育下でなければ解明できないような動物たちの生態生理を明らかにするための「研究」、動物たちを通して来園者に自然界のことについて知ってもらい、環境保全に対する意識を高めてもらうための「教育」の4つです。生身の、本物の動物がいるというほかにはない強みを生かし、これらの役割を遂行していくことが、動物園に課せられた使命ともなっています。

しかし、崇高な目的があったとしても、そのために飼育される動物たちが不幸であっては本末転倒です。巡り巡って動物たちのためになることを目指して飼育するならもちろん、仮にそうでないとするならなおさら、飼育される動物たちには、できるだけ幸福でいてもらわなければなりません。

そのために行われる取り組みが、「環境エンリッチメント」です。

動物園で飼育される野生動物は、自然界に比べれば著しく狭く、刺激の少ない環境に置かれることになります。そのため、生理的欲求を十分に充足できなかったり、暇を持て余してしまったりして、ストレスを溜めてしまいがちです。トラやクマの仲間が展示の中を右へ左へ延々と行ったり来たりしている様子を見たことはないでしょうか。あれは常同行動とよばれる、ストレスをなんとか緩和しようという行動で、言い換えれば動物がストレスを感じている証拠となる行動です。こういった行動をなるべくしないですみ、代わりに、その動物が野生下で行う正常な行動を行えたり、退屈しないような刺激が常に得られるような環境を用意すること。それが環境エンリッチメントの目標となります。

詳しい定義や具体的な取り組みについては、以下のサイトをご覧いただくとよいでしょう。

sites.google.com

www.zoo-net.org

また、市民ZOOネットワーク主催の「環境エンリッチメント大賞」を受賞した動物園を取材した以下の書籍も、参考になります。

 

 

これらのサイトや書籍に目を通すと、環境エンリッチメントというのは要するになんでもありなんだな、ということがわかります。「飼育動物の生活を少しでも豊かにする」という目的に資するならば手段は問わない、そんな幅の広さが環境エンリッチメントの本質といえるかもしれません。

重要なのは、環境エンリッチメントは「生態展示」や「行動展示」といった展示手法のひとつではない、ということです。主眼は「動物をいかに“見せるか”」ではなく、あくまで「いかに“遇するか”」に置かれています。 もちろん、「生態展示」として本来の生息地に近い環境を整えることや「行動展示」として野生下での行動を行いやすい環境を整えることが環境エンリッチメントとして機能することもありますが、逆にバッティングすることはしばしばあります。たとえば、いくら生息地を模したといってもあくまで箱庭であり、広さや複雑さ(たとえば捕食者の存在など)を完コピはできない展示のなかで動物の退屈を紛らわせるためには、ボールのような人工的なおもちゃを入れてあげたほうがよいこともあります。しかし、人工的なおもちゃの存在は、生態展示が提供する「ほんものの自然の中にいるかのような動物の姿を見る」という体験を毀損する方向にはたらくでしょう(西表島の原生林にサッカーボールが落ちていたら、「ゴミ捨てんなよ」ってみんな思いますよね)。だからといって、遊び道具としてボールの代わりにネズミを放つというのも、管理上さまざまな問題を招きかねません。

このようなとき、展示効果は損なってしまうけれども、動物の心身の健康を優先するという判断を動物園側(あるいは個々の飼育員)が下すことはしばしばあります。なにより動物を健康に飼育することが前提で、「どう見せるか」はその後の話だからです。完全なランドスケープ・イマージョンを追求してきたニューヨーク・ブロンクス動物園でも、新しいトラ展示「タイガー・マウンテン」では、完全な生態展示エリアとは別に、人工物を含むエンリッチメント重視の展示エリアを設けていたりします。ブロンクスのように予算のない日本の動物園では、「ともあれエンリッチメントを」という方針になることもあるでしょう。たとえば、那須どうぶつ王国で生まれたマヌルネコの子どもの展示内に飼い猫用のおもちゃが入れられていることについて、「ペットじゃないんだから」と苦言を呈する人もいるようですが、イエネコであろうとその他のネコ科動物であろうと、多様な刺激を用意して退屈しないようにするという飼育の基本に違いはありません。環境エンリッチメントとして、子マヌルたちの心身の健康維持として必要かつ有効だから、あのようにおもちゃが入れられているわけで、決してペット扱いしているわけではないのです(イエネコでも、ネコ同士のコミュニケーションを学び互いに遊び相手になって退屈しないように子猫は2匹以上セットで飼い始めることが行動学的に推奨されていますが、だからといっておもちゃがいらなくは全然ならない、というのは育てたことのある人ならわかるはず)。

動物のために取り入れられた道具などが「世界観を乱している」と感じられることもあるいはあるかもしれません。ですが、そういうときは、「動物ファースト」の心であたたかく見ていただけば、と思います。