ペンギンの話

ペンギンのことをつらつら書いていきます。

ペンギンの食事について

動物の体の作りや行動には、その動物が歩んできた進化の「れきし」と、その動物が今、営んでいる「くらし」が色濃く反映されています。「れきし」や「くらし」を知ることで、その動物について、より深く、理解することができるようになります。

動物たちの「くらし」のなかでもっとも大きな比重を占めるのは、「エネルギー摂取」、つまり「食事」でしょう。どんな食べ物をどのようにして食べているかは、その動物の体のつくりや行動に大きな影響を及ぼします。

そこで今日は、ペンギンの「食事」について、触れてみたいと思います。

野生のペンギンは何を食べているのか?

生活のほとんどを海中で送る海鳥であるペンギンは、もちろん、食べ物も海の中で得ています。アジやイワシなどの魚類、イカやタコなどの頭足類、オキアミやヨコエビなどの甲殻類といった海の動物が主な食べ物です。

これら海の動物のうち特定のものしか食べられない、というコアラのような偏食のペンギンはいないものの、どれを主食とするかは、種類によって違うようです。ケープペンギンやフンボルトペンギンなどは小型の魚類への依存度が高く、南極周辺のペンギンたちにとっては、この海に膨大に発生するナンキョクオキアミが重要な食べ物となっています。オウサマペンギンはイカをよく食べる、というような報告もあります。

動物園・水族館ではペンギンに何を与えているのか?

動物園・水族館では、入手・管理のしやすさから、アジやイワシ、キビナゴなどの小魚やイカを与えていることが多いようです。年や季節によって特定の魚がたくさん獲れたり獲れなかったりしますから、様々な魚種を組み合わせて、偏りが出ないように与えているそう。たいていの動物は新しい食べ物に遭遇したとき、はじめは少しずつしか食べなかったり、まったく食べなかったりします(これを「ネオフォビア(新奇物忌避)」と呼びます。その食べ物に実は有毒成分が含まれていた場合などに備えた適応と言われています)。猫を飼っていて、病気などの理由で食事を変更しなくてはいけなくなったとき、なかなか食べてくれなくて困った、という経験をしたことはないでしょうか。ペンギンも同じように、新しい食べ物は受けつけてくれない恐れがあるため、それまで与えていた食べ物が手に入らなくなってしまった場合に備えて、日頃からさまざまな食べ物を与えるようにしているそうです。

www.enosui.com

seapara.jugem.jp

これらの食べ物は週に1〜数回決まった日にまとめて業者から購入され、施設内の冷凍室で保管されます。そこから、毎日必要な分だけ解凍され、ペンギンたちに与えられます。栄養成分の変性を極力防ぐため、加熱器具などは用いず、流水下で半日ほどかけて自然解凍することがほとんどです。

ただ、それでも保存・解凍の過程で、とくに水溶性ビタミン(ビタミンB群、C)やミネラルなどは失われることが多く、そのためこれらの栄養素はサプリメントで補給しています。ペンギンは食べ物を丸呑みにするので、カプセルなどにサプリメントを入れて魚の中に埋め込んでおけば、そのまま食べてくれるようですね。

推奨される食事については、アメリカ動物園水族館協会(AZA)などが資料を提供しています。

nagonline.net

ペンギンの雛は何を食べているのか?

鳥類であるペンギンは哺乳類のように母乳が出ないので、卵から孵った雛たちは親鳥が食べて消化したものを口移しで食べさせてもらいます。特殊な例として、コウテイペンギンの雄は雛が孵ってから雌が戻ってくるまでの間、食道から分泌される「ペンギンミルク」と呼ばれる分泌物を雛に与えます。

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雛に食べ物を吐き戻して与えるオウサマペンギン

動物園・水族館で飼育されている場合も、親鳥が子育てをする場合は同様です。しかし、なんらかの理由で人工哺育をしなければならなくなった場合には、小魚やオキアミをミキサーですりつぶし、ペースト状にしたものを与えているそうです。

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ペンギンはどのようにして食べ物を捕らえるのか?

では、海のなかでペンギンたちは、どのように食べ物を捕えているのでしょうか。

採餌旅行

ペンギンが海へ食べ物を探しに出かけることは、採餌旅行と表現されることが多いです。

採餌旅行の長さは、種類や時期よって違います。たとえば産卵直後のコウテイペンギンの雌は110日間かけて1100kmほども移動しますが、ガラパゴスペンギンでは1日8時間ほどの採餌旅行で毎日コロニーへ帰り、海岸線から1.1km以上離れた場所まで出かけることは滅多にありません。このような違いには、食べ物の手に入りやすさや一度に必要となる量などが影響しているのではないかと考えられます。

マゼランペンギンでは、採餌旅行に一定の計画性が認められています。彼らは周辺の海の資源量に応じて近くで獲物をとるか、遠くまで出かけるかを決めていますが、遠くで獲物をとるために出発するときは、近くで獲物をとるときよりも早い時間に海に出るのだそうです。マゼランペンギンは、出かける前から、その日、どこまで採餌旅行に出かけるかを決めているようなのです。

採餌潜水

 採餌旅行に出たペンギンは、3つの泳ぎ方で獲物までたどり着きます。ひとつめは移動潜水。水面下の浅いところを水平に泳ぎます。このとき、息継ぎをしながら「イルカ泳ぎ」をすることもあります。餌場近くまでくると、バウンス潜水をはじめます。これは、水面から深い角度で潜行し、一定の深さまで潜ったらそのまま真っ直ぐ引き返してくる潜水で、これによって餌場を探ります。最後に、「ここで獲物を捕る」と決めたら、「採餌潜水」に移ります。このときは一定の深さまで潜った後、水平に泳ぎ回って獲物を捕まえます。

このとき、ほとんどのペンギンは、獲物より少し深いところまで潜って、下から獲物を捕まえるようです。こうする理由として、ひとつは自分の影で獲物に気づかれないようにするため、もうひとつは逆に獲物の影を見つけやすくするため、さらに、獲物を追う際に浮力を利用して最小限の力で加速できるため、といった説が考えられています。

採餌潜水でどれくらいの深さまで潜るかも、種によって異なります。オウサマペンギンは比較的深く潜る傾向があり、水深220mを超える深海で獲物をとることも珍しくないようです。逆にガラパゴスペンギンはほとんどの場合、2.7mより深く潜ることはありません。

ペンギンの潜水において興味深いのは、彼らは潜る前に「どのくらいまで潜るか」をあらかじめ決めているということです。

ペンギンは肺呼吸をしていて体内に空気を含んでいますから、海水よりも比重が小さく、何もしなければ浮力によって水に浮きます(私たちと同様です)。ペンギンが海に潜るときは、羽ばたく力で浮力に抗って潜っていかなければいけません。しかし、潜れば潜るほど、体内の空気は水圧によって圧縮され、その分、浮力が小さくなります。そして、ある深さで、浮力と、体を下へ引っ張る重力とが釣り合って、「何もしなくてもその深さに止まることができる」ようになります。このときの浮力を「中性浮力」と言います。中性浮力のはたらく深さにいるときは、泳ぐエネルギーをほぼ、水平移動に費やすことができます。そこでペンギンは、獲物を捕まえるときの効率を高めるために、ちょうど獲物のいる深さ(厳密にいえば、少し下?)で中性浮力が得られるよう、潜水前に吸い込む空気の量を調節しているのです。ということは、彼らはあらかじめ、「どのくらいの深さまで潜るか」を決めてから潜っているということになります。採餌潜水の前に行われるバウンス潜水は、その際の情報を集めるためのものと考えられます。

水中でのペンギンの行動には、効率よく食べ物を入手するための工夫が備わっているのです。 

食事に適応したペンギンの体のつくり

獲物を捕らえるための特徴

もちろん、ペンギンの体のつくりにも、海の中で食べ物となる動物を捕らえるためのさまざまな特徴が備わっています。

まずは嘴。ペンギンの嘴は左右に扁平で、水中で開閉したときに抵抗が少ないようになっています。また、種によって比率は様々ですが長く前方に伸びています。これらの特徴によって、水中で逃げ回る魚などを捕えやすくなっているのです。

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オウサマペンギンの嘴。前方に長く伸びている。

また、口腔の形態にも特徴があります。鳥類であり歯を持たないペンギンは、その代わりに口の中の粘膜に、口の奥に向かうトゲ状の突起がたくさん生えていて、捕えた獲物を逃しにくいようになっています。

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ケープペンギンの口の中。口の奥に向かってトゲ状の突起が並んでいる。

さらに、上の写真でもわかるとおり、嘴が左右に扁平であり、目が顔のやや前方を向いてついていることから、ペンギンは、顔の正面をしっかりと両目で見ることができます。これによって対象との距離を正確に把握することができ、獲物を捕まえやすくなっています。ペンギンの両眼視可能な視野は、猛禽類であるフクロウと同じくらいあるそうです。

ペンギンの白と黒の体色も、獲物を捕らえる際に役立ちます。白いお腹は、ペンギンよりも深い場所にいる獲物から見たとき、空の明るさに紛れて見えにくくなります。黒い背中は、逆にペンギンよりも浅い場所にいる獲物から見たとき、海底の暗さに紛れて見えにくくなります。これによって、接近を獲物に気づかれにくくしているのです。

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白黒の体は巧みな擬態

この体色は、逆にペンギンの捕食者から身を守るのにも役立ちます。このような工夫は外洋で生活する生き物にある程度共通しているようで、ペンギンに限らず、マグロなども同様の色合いをしています。

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クロマグロも体の背中側が黒く、お腹側が白い

食べ物を保存するための特徴

前述のとおり、ペンギンは半消化状態の食べ物を吐き戻して雛に与えます。そのため、食べたものをすぐには消化しきらずに、胃の中に蓄えて置かなくてはいけません。パフィンのように嘴にたくさんくわえたり、猛禽類のように足でつかんで持ち帰ることができませんし、ペンギンはそ嚢(食道が変化してできた袋状の構造で、食べ物を貯蔵するために使われる)を持っていないので、獲物を捕らえてから巣に帰るまでのあいだ、胃の中にとどめておく必要があります。とくにコウテイペンギンなどのように一度の採餌旅行が長期にわたるペンギンでは、相応の工夫が必要です。

工夫のひとつとして、ペンギンは、採餌後から上陸後しばらくのあいだ、胃のpH(液体の酸性の強さを表す指標で、数字が小さいほど酸性が強いことを意味します)を消化時の5より高い6に保っておくことができます。胃の中で食べ物を分解する酵素であるペプシンは、ある一定のpH環境(この場合はpH5)以外ではそのはたらきが低下するため、これによって食べ物の消化が進みすぎるのを防ぐことができます。

しかし、ペンギン自身が消化をしなくても、長期間、恒温動物の体内のような温かい環境に食べ物を置いておけば、細菌などのはたらきでどんどん食べ物は分解されていきます。端的にいえば、腐敗していきます。これでは食べ物として雛に与えることはできませんし、体内に腐敗したものを貯蔵していれば親鳥の健康も害されてしまいます。オウサマペンギンのようにとくに長期間、食べ物を貯蔵しておかなければならないペンギンは、これにも対応しなければいけません。

オウサマペンギンを対象にした研究では、抱卵中、絶食している雄の胃ではスフェンシンと呼ばれる抗菌物質が分泌されており、このはたらきで胃内の細菌のはたらきが抑制されていることがわかっています。スフェンシンはとくに、強力な耐性菌の発生が問題視されているStaphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌。耐性菌MRSAが有名)や、Aspergillus fumigatus(肺アスペルギルス症の原因菌。ペンギンの感染症としても有名)に有効で、このはたらきによって、オウサマペンギンは胃の中の食べ物と自分の体を守っていると考えられています(スフェンシンには、耐性菌の発生を抑制する仕組みまで備わっているそうです。すごい)。

ペンギンは味を感じる?

味覚は、食べ物について多くの情報を与えてくれます。甘味は糖分の存在を、塩味は塩分の存在を、旨味はアミノ酸の存在を、苦味は有毒物質の存在を、酸味は腐敗物質の存在を示す記号になっているとされ、食べてよいものか、どんな栄養が得られそうかについて検討する手がかりとなります。「食事」に関わる重要な感覚です。

味覚は食べ物と密接に関わっている分、動物の食性によって違いがあることがあります。たとえば猫は、甘味を感じることができません。完全肉食動物であり、主に蛋白質と脂質からエネルギーを得ているため、甘味を感じ、糖分の存在を検知することができなくても、生存に支障がなかったためであると考えられています(猫がホイップクリームを好むのは、甘いからではなくて脂肪分たっぷりだからです。不都合な真実)。

では、ペンギンはどうでしょうか。ペンギンの遺伝子を調べたところ、旨味や苦味を感じるための遺伝子が失われているらしいことがわかっています。アデリーペンギンコウテイペンギンでは甘味を感じる遺伝子もなくなっており、ひょっとするとほかのペンギンも同様に、甘味を感じることができないかもしれません。

ペンギンがこれらの味覚を失った理由は判然としませんが、甘味・旨味・苦味に関わるある蛋白質は低温下では活性が低下することがわかっており、寒い地域で生活するペンギンでは機能せずに、進化の過程で失われてしまったのではないかという説があります。魚などを食べる生活ではこれらの味覚が必要なかったため、失われても問題がなかったのではないかとも考えられています。

食事と生息状況

外部からエネルギーを取り入れなければ、動物は生きていくことができません。したがって、食事は、ペンギンの生息状況にも大きな影響を与えることになります。

たとえば、食べ物のほとんどをペルー海流に乗ってやってくるカタクチイワシなどの小魚に依存しているフンボルトペンギンは、このペルー海流が変化するエルニーニョの発生により個体数が変動します。エルニーニョが発生すると、コロニーのある場所からより遠くの冷たい海までいかなければ食べ物が得られなくなり、採餌旅行にかかる時間が長くなります。それが限界を超えると、巣に帰ることができなくなり、待っていたパートナーも子育てを断念せざるを得なくなってしまいます。エルニーニョの発生した年には、すべての雛が餓死してしまったコロニーも報告されているほどです。

それでも、これまでフンボルトペンギンたちは、エルニーニョとうまく付き合いながら生きてきました。しかし、巣穴を作っていたグアノの土壌が肥料として根こそぎ採取されて子育てができなくなったり、漁業によって食べ物となる魚類が減少し、通常時でも餌が得にくくなったりすることで、フンボルトペンギンの個体数は大きく減少し、エルニーニョによる打撃をカバーできるかどうか怪しい状態にまでなってしまいました。そのため、大きなエルニーニョが発生した場合にそれを乗り越えられるのか、懸念されています(気候変動により、エルニーニョの影響そのものが大きくなっているという懸念もあります)。

また、アデリーペンギンではナンキョクオキアミの資源量と繁殖の成功率の相関関係があることがわかっています。気候変動によりナンキョクオキアミの資源量が減少し、それを追いかけるようにアデリーペンギンやヒゲペンギンの数が減少した事例も報告されています。

natgeo.nikkeibp.co.jp

まとめ

このように見ていくと「食事」はペンギンのさまざまな特徴と密接にかかわっていることがわかります。「何を食べているか」は、基本的な問いかけのようで、実は奥が深いものです。調べてみると面白い発見がたくさんあるので、ぜひぜひ皆様にも、掘り下げてみてもらえたら、と思います。

参考文献

ペンギン・ペディア

ペンギン・ペディア

 
新しい、美しいペンギン図鑑

新しい、美しいペンギン図鑑

 

独断と偏見のペンギン図鑑3:アデリーペンギン

基本データ

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和名:アデリーペンギン

英名:Adelie penguin

学名:Pygoscelis adeliae

体長:70〜73cm

分布:南極周辺、南極大陸沿岸と、ロス海のロイズ岬から北へプーペ島までの大陸周辺の島々

生息状況:準絶滅危惧種。237万つがいほど。

特徴1:ザ・ペンギン

アデリーペンギンは、「ペンギンのイデア」のようなペンギンである。試しに、ペンギンのそれほど詳しくない家族や知人に、ペンギンの絵を描くように頼んでみてほしい。十中八九、お腹が白、背中が黒の、アデリーペンギンのようなペンギンを描くはずだ(残りの一、二はコウテイペンギンのヒナのようなペンギンを描く)。同様に、何ペンギンが明示されていない漠然とした「ペンギン」のキャラクターはおおむねアデリーペンギンの姿をしている。JR東日本ICカードSuicaのマスコットキャラクターもアデリーペンギンなら、クールミントガムのパッケージに描かれているのもアデリーペンギンだし、『ペンギン・ハイウェイ』で暴れまわるのもアデリーペンギンだ。ペンギンと聞けば、少なくとも日本人ならばほとんどの人がまずこの姿を思い浮かべる。 南極にしか生息していない、人類とはもっとも縁遠い生物のひとつでありながら、人間と隣り合わせで生活しているケープペンギンやコガタペンギンを差し置いて、ペンギンらしさの象徴となっている。それがアデリーペンギンである。

これは一般的に、「ペンギン=南極」のイメージが持たれていることと不可分ではないように思う。

ホシザキ株式会社のペンギンライブラリーにはこのような記述がある。

1910~12年に南極探検を行った白瀬隊日本で初めて南極探検に挑み、ロス海到達後、犬ぞりで南緯80度5分・西経156度37分の地点まで辿り着いたは、わずか204トンの帆船で南極ロス海到達という快挙を果たし、国民的英雄として日本に戻った。彼らが持ち帰ったアデリーペンギンの写真や映像、そして剥製(はくせい)が、南極探検の快挙とともに伝えられ、ペンギンの存在が国民に広く知られることとなった。

また、作家の川端裕人さんは、『ペンギン、日本人と出会う』(文藝春秋)の中で、こんなことを書いている。

戦後、南氷洋捕鯨捕鯨オリンピック)や南極観測(科学者たちへのオリンピック)への参加が、国威発揚の一環として熱狂的に支持されていた時代があった。この時、南極の生き物の代表格と考えられていたペンギンは、見知らぬ世界への夢を担う立場に立たされた。

国を挙げて南極に情熱を傾けるなかで、捕鯨船や観測隊によって持ち帰られる「ペンギン」のイメージ(ときにはホンモノ)が、私たちの集合意識に、「ペンギン=アデリーペンギン」の図式を作り上げていった。そう考えれば、決して動物園・水族館での飼育数も多くないアデリーがペンギンの象徴となったことにも納得できる。同じく南極に暮らすコウテイペンギンでなかったのは、南極進出では出遅れた日本がなんとか確保できた昭和基地周辺に、コウテイペンギンのコロニーがなかったためだろう。イデアとしてのアデリーペンギンは、日本人が南極に向ける、夢と妥協の産物なのかもしれない。

特徴2:世界でいちばん元気なペンギン

ペンギンと聞いてアデリーペンギンを連想してしまうのは、日本に限ったことでもないようだ。世界一有名なペンギンであろうピングーも、コウテイペンギンという設定でありながら見た目はほとんどアデリーペンギンである。

見た目どころか、キャラ設定自体がアデリーペンギン的と言える。ピングーのキャッチコピーは「世界でいちばん元気なペンギン」だが、これはアデリーペンギンにこそふさわしい形容だろう。

アデリーペンギンのコロニーは非常に騒がしいという。とくに巣作りの時期などは、至るところで喧嘩が起こる(多くの喧嘩は、2羽以上のペンギンが巣材に用いる小石を奪い合うことで起こる)。浮気現場が見つかったときの修羅場もすごい。『新しい、美しいペンギン図鑑』(X-Knowledge)にはこんな記述が出てくる。

オスが他のメスと一緒になろうとしているのを前年のパートナーだったメスが見つけると、当然、大喧嘩となる。噛んだり蹴ったり、骨張った翼で素早く叩きまくったり、攻撃手段を選ばない取っ組み合いだ。(中略)喧嘩があまりに激しいので、撮れた写真はほとんどぶれているのだが、後で見てみたら(中略)、カンフーのような跳び蹴りで相手を倒しているシーンまであった。

そのほか、縄張りに入ってきたほかの個体は雛であっても容赦なくどつきまわすし、卵や雛を襲う天敵であるオオトウゾクカモメ相手にも果敢に立ち向かっていく。自分よりずっと体の大きな(そして無害な)コウテイペンギンの雛であっても、邪魔だと思えば追い立てる。なんともアグレッシブなのである。

まさしく、「世界でいちばん元気なペンギン」。いや、これを「元気」と言っていいのか定かではないけれど。


Penguin chicks rescued by unlikely hero | Spy in the Snow - BBC


Adelie Penguin Slaps Giant Emperor Chick!

特徴3:情熱的な名前

アデリーペンギンの「アデリー」は、はじめて発見された場所である南極の「アデリーランド」に由来している。この土地の名前は、フランス人探検家ジュール・デュモン・デュルヴィルが自分の妻の名前、アデルにちなんで命名したものだ。アレクサンダー・フォン・フンボルトやフィリップ・ラトリー・スクレーターなど男性の研究者・探検家の名前に由来するペンギンはほかにもいるが、女性名、しかも「妻」というパターンはペンギン全18種中アデリーペンギンだけである。

自分の探検した土地に、自分の妻の名前をつける。さすがフランス人、なんというロマンチスト、なんという愛の重さ。日本人だったら、ちょっとひく。それに、この後離婚なんてしてしまっていたら、腫れ物じみた雰囲気が土地周辺に漂うことになる。大丈夫だったかジュール。あと、アデルの性格がちょっと気になる。言霊というものを信じるわけではないが、アデリーペンギンみたいな性格だったら大変だ。大丈夫だったかジュール。だから探検に出ちゃったのかジュール。

特徴4:やっぱりかわいい

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白いアイリングが表情を愛らしくする

性格がいささか攻撃的に過ぎるきらいはあるものの、そのシンプルなカラーリングも相まってアデリーペンギンはやっぱりかわいい。好奇心旺盛な性格からもたらされる南極観測隊や研究者の語るエピソードや、水族館の展示での賑やかな様子にはほっこりさせられる。せわしなく動き回って来園者の笑いをとっているのも、たいていはこのペンギンである。ペンギンの代表格として人々の意識に焼き付いているのも、無理からぬことのように思われる。

まとめ

私がアデリーペンギンに対して抱いている印象をまとめると、「引き出しの多いエンターテイナー」というところである。上で紹介した動画でも、コウテイペンギンの雛を襲っていたオオトウゾクカモメを追い払って雛を守ったと思ったら、今度はコウテイペンギンの雛を追い立てはじめて「お前なんなんだよ」と突っ込まずにはいられないし、探せば探すほどネタが出てくる。猫と同じように、活発で好奇心旺盛な分だけ突っ込みどころも多い。気がつくと、「見るだけで笑ってしまう」ように順化さえされてしまう。非常におもろいペンギンであると思う。

名古屋港水族館など、大きな群れで飼育されている施設に行くと、その「おもろさ」が楽しめると思う。ぜひぜひ会いに行ってみてほしい。

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アデリーペンギンの見られる動物園・水族館

アドベンチャーワールド八景島シーパラダイス名古屋港水族館海遊館

関連書籍

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ペンギン、日本人と出会う

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動物の心に迫る本。日本動物心理学会監修『動物たちは何を考えている?』

私は今、2匹の猫と暮らしている。

猫たちを眺めていると、ときに物思いにふけるような顔で外を見ていたり、見慣れないおもちゃを前にどうしたものかと思案しているような様子を見せたりと、内面の動きを感じさせる様子が見られることがある。高いところによじ登ったはいいものの降りれなくなってしまって困り顔をしていたり、「脳みそついてるのかな?」と疑うようなこともしばしばある。この子たちは日々、何を感じ、考えて生きているのだろう(あるいは何も考えていないのか)と、いつも思う。いったい、動物たちの心の中は、どんな風になっているのか。それは、動物に関わる者が多かれ少なかれ持っている疑問だろう。

それを追求するのが、動物心理学という学問だ。この分野の研究者たちは、いろいろな工夫を凝らして、物言わぬ動物たちの心を読み取ろうと、日夜研究を続けている。

日本動物心理学会監修の『動物たちは何を考えている?』(技術評論社)は、そんな動物心理学のさまざまな研究成果を、コンパクトにまとめた本である。

第1章では、動物心理学という学問が何を目指しているのかについて、詳細に語られる。簡潔に言えば、この学問は、動物の心のありようを知ることによって、心がどのように進化してきたのか解き明かすことを目指している。それはひいては、私たちヒトの心を解き明かすことにもつながる。それが、究極の目的となる。

第2章では、動物の心を知るための手法について語られる。前述のように動物は言葉を発しない。だから、考えていること、感じていることを説明してもらうことはできない。では、どうすれば、彼らの心を知る(正確に言えば推測する)ことができるのか。研究者たちが編み出してきた観察の「コツ」が解説される。

第3章以降では、1、2章を踏まえたうえで、知覚や学習、思考、社会性など、さまざまな観点からの研究成果を、具体的に説明していく。「叱る」しつけはどれほど有効なのか、動物は音楽や絵を理解するのか、ヒトの言葉は覚えられるのか、文化を持つのか、「自分」や多個体をどのように認識しているのか。そういったいろいろな疑問について、制作時点での最新の研究成果に基づいて解説される。登場する動物は、チンパンジー、ハト、ラット、カラス、アライグマなど多岐にわたり、それらの違いについても教えてくれる。

これらの内容を読んで痛感するのは、「心のありようは一通りではない」ということだ。

私たちはつい、ヒトという動物の心のありようを基準に考え、ほかの動物にもそれを当てはめがちだ。また、ヒトがもっとも「発達した」心を持っていて、ほかの動物はそれより劣っている、と判断しがちでもある。けれど、本書を読むと、ヒトの心のありようも、動物が持ちうるさまざまなバリエーションのひとつでしかないことがわかってくる。たとえば鳥類は、空を飛ばなければならないという制約から、哺乳類のように脳を大型化することができない。だから、哺乳類とはまったく異なる方法で認知機能を発達させてきた。哺乳類は脳にしわをたくさん作り、表面積をどんどん大きくすることで神経細胞の数を増やし、認知機能を向上させてきた。だから俗に、しわが多いほど賢いなどと言われるが、鳥の脳はつるんとしている。では知能が劣るのかと言えばそんなことはない。ヨウムカレドニアガラスが類人猿顔負けの知性を持ち合わせていることは、今では多くの人に知られているだろう。鳥類は、哺乳類の大脳新皮質(いわゆる脳のシワのあるところ)で行われている演算をまったく別の部位で処理していることがわかっている。そこまで違うとすれば、もはや優劣を論じること自体が無意味かもしれない。また、高速で空を飛ぶ、という生活に対応するためか、鳥類の脳はヒトの脳とは違った仕方で世界を捉えている。たとえば本書によれば、エビングハウス錯視ツェルナー錯視では、ハトはヒトと真逆の「錯覚」をするという。とすれば、ヒトの心を単純に鳥類に外挿することもナンセンスといえる。

もっとヒトに近いチンパンジーでも、たとえば数の認識の仕方がヒトとは異なることを示唆する研究が紹介されている。ページをめくるごとに、動物の心の世界は想像以上に奥が深いことを思い知るだろう。

紹介されている研究は限られたものであるし、そもそも動物の心のありようは未だ「ほとんどわかっていない」と言ったほうがいい状態ではある。それでも、本書の内容は、多くの気づきをもたらしてくれる。

うちの子はひょっとしてバカなんじゃないだろうか……と疑ってしまったときに(よく疑う)読んでみると、ちょっと穏やかな気持ちになれるかもしれない。

動物たちは何を考えている? -動物心理学の挑戦- (知りたい! サイエンス)

動物たちは何を考えている? -動物心理学の挑戦- (知りたい! サイエンス)

 

 

独断と偏見のペンギン図鑑2:コウテイペンギン

基本データ

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和名:コウテイペンギン

英名:Emperor penguin

学名:Aptenodytes forsteri

体長:100〜130cm

分布:南極とその周辺、南緯54〜78度の範囲。ロス海域、ウェッデル海東南極に大規模なコロニーがある。

生息状況:準絶滅危惧種。23万8000つがいほど

特徴1:大きい

コウテイペンギンの特徴はなんといっても大きいことである。現生のペンギンのなかでもっとも大きく、体長130cm、直立したときの身長は120cmほどになるものもいる。120cmといえば、小学校1〜2年生の平均身長くらいである。大きい。さらに南極の冬に耐えるため丸々とした体をしているので、体重は40kg近くになることもある。重い。存在感の大きさでいえば、人の子など足元にも及ばない。水族館で飼育されている個体でも、独特の迫力と荘厳さをまとっている。野生の姿を目にすれば、おそらく神々しささえ感じることだろう。多くのナチュラリストがこのペンギンに魅せられ、過酷な南極への旅へと繰り返し出かけるが、その気持ちはとてもよくわかる気がする。

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隣で威張っているアデリーペンギンと比べると、その大きさがよくわかる

ちなみに、「けものフレンズ」に登場するコウテイペンギンのフレンズはこの特徴を反映してか、ほかのペンギンのフレンズに比べて体の一部に圧倒的な神々しさが以下略。

特徴2:ユーモラス

ペンギンは総じてユーモラスな生き物であるが、コウテイペンギンのそれはまた群を抜いていると思う(神々しさはどこへ行った?)。

多くのペンギンは、歩くとき、多かれ少なかれフリッパーを広げてバランスをとる。しかし、しばしばブリザードの吹きすさぶ冬の南極を行進しなければならないコウテイペンギンは、フリッパーから体温が逃げないように(脇の下には血管が集中しているし、フリッパーのように薄く細長い形の部位からは熱が逃げやすい)、ほとんど広げず、「気をつけ」の姿勢で歩く。と、必然的に、「同じ側の手と足が一緒に前に出てしまう人」みたいな歩き方になる。フリッパーの代わりに体全体でバランスをとるので頭がゆらゆらと独特の揺れ方をするし、氷の上で滑らないように、歩幅が小さい。これらが合わさったコウテイペンギンの歩行は、なんともユーモラスにみえる。一列に並んでみんながそのように歩いている様子には、絶妙なおかしみがある。申し訳ないけれど(ちなみに雪道対策で言われる「ペンギン歩き」とは正確には「コウテイペンギン歩き」だと思う。イワトビペンギンの歩き方をしたら転ぶ。当たり前だけど)。

また、水中から飛び上がって上陸するとき、多くのペンギンは足から着地する。失敗して転ぶことがあったとしても、基本的に体操選手のように着地しようと試みている。しかし、コウテイペンギンはその体の大きさ、そして着地する場所がたいてい氷の上であるという安心感からか、ほぼそれを諦めているようにみえる。コウテイペンギンたちはほとんどの場合、その大きなお腹で着地する。ぼよんと軽くバウンドし、水中から飛び出したときの勢いで腹這いのままツーっと氷の上を滑っていく。紡錘形の体型のせいで、その姿はほとんど、打ち上げられたマグロみたいに見える。彼らの上陸を見るとちょっと笑ってしまう。本当に申し訳ないけれど。

このユーモラスさには、あるいは体の大きさも関係しているのかもしれない。体が大きいせいで、ほかのペンギンに比べていろんな動きが誇張されて見えてしまうということもあるはずだ。また、大きいぶん人間臭く見える、ということもあるだろう。だとしたら、笑うのはちょっとフェアではないかもしれないな、とは思う。

それでも笑うけど(ひどい)。

特徴3:力強い

前項でひどいことを書いたので、ここでフォローする。陸上でのコウテイペンギンはそんな感じだが、水中のコウテイペンギンはまるで別の生き物のようにかっこいい。ジェンツーペンギンの泳ぎはその疾走感に魅せられるが、コウテイペンギンの魅力は力強さだ。フリッパーを1度はばたかせるだけで、ぐんっ! と10mくらい進んでしまう。速度を維持するためにそのくらいでもう一度はばたくけれど、それがなくても25mくらいは余裕で進めてしまうような勢いである。わずかな動きで大きく進むので泳ぎに安定感があり、多くの海鳥のようなバタバタした印象を受けない。それが体の大きさと相まって、彼らの泳ぎを潜水艦みたいに見せている。とても見ごたえのある泳ぎだ。そのためか、水中にいるときのコウテイペンギンは、陸上にいるときの倍くらい大きいように見える。

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少ない動きで大きく進み、潜水艦のような力強さがある

また、先程は上陸の様子を笑ったが、水面から飛び上がるその瞬間まではとてもかっこいい。浮力を利用し、水面めがけて滑空するように上昇、急加速していくその姿はミサイルのようである。このような姿を見ると、やはり水の生き物なのだな、ということが実感できる。

なお、コウテイペンギンはその気になれば400m以上潜ることができる。最大潜水深度の記録は564m、最長潜水時間の記録は22分である。けれども普段は100〜120mくらいの深さに短時間潜って餌を採ることが多く、最長潜水記録は、海氷の下で水面に出る場所がなかなか見つからなかったときのものであるという。もっと上は目指さないのだ。ペンギンだもの。

特徴4:イケメンである

個人的には、コウテイペンギンのいちばんの魅力はここだと思っている。完全に独断と偏見と妄想なので話半分で聞いていただけるとありがたいが、コウテイペンギンの雄はかなりのイケメンであると思う。

コウテイペンギンは冬の南極で繁殖し、2ヶ月間飲まず食わずで卵を温めるが、これは雄の仕事だ。雌は卵を産み、雄に託すと、さっさと餌を採りに出かけてしまう。もちろん、雌は自分の体を元手に卵に2ヶ月分の栄養を貯蔵し、産卵で体力を消耗しているのだから、それは当然のことではある。しかし、日本人の雄を見慣れていると、雌を送り出して2ヶ月間絶食に耐えるコウテイペンギンの雄が神様みたいに見えてしまう。コウテイペンギンの成体がもっとも死ぬのはこの期間だといわれる。それでも耐えるのだ。かっこいい。さらに、2ヶ月経って帰ってきた雌と交代した後、自分自身が餌を食べて雛の分の餌を採ってくるのに使う時間は25日ほどだ。雌の2ヶ月に対し25日。卵のときと違って孵化した雛にはどんどん餌をやらなければいけないからこれまた当然ではあるのだが、それでもやっぱりかっこいいと思う。

もっとも、ペンギンの雄は動物全体でみれば、総じてよい夫、よい父親である。卵が生まれたらまず雄が暖め、雌が採餌にいくのは他種でも見られる。それでも、南極の冬にそれを受け入れているコウテイペンギンは輪をかけて献身的であるように思えてしまうのである。

まとめ

ペンギンはその直立した姿から、「人鳥」の字があてられるけれども、勇壮さもユーモラスさも、やさしさも兼ね備えた(ように見える)コウテイペンギンはそれこそ、「こんな人がいたら素敵ではないか?」と思わせるペンギンである。もちろん、安直な擬人化は避けるべきであるのだが(たとえばコウテイペンギンは自分たちの子ども以外の雛に餌を与える珍しい鳥だが、育てたい欲のあまりよその子を奪おうとして死なせてしまうこともあるので、一概に「やさしい」と評価することはできない)、そうしたくなる何かがある、不思議な鳥である。コウテイペンギンの魅力の根源は、その辺にあるのではないかと私は思っている。

雛がかわいいとは、あえて書かない。

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コウテイペンギンを見られる動物園・水族館

名古屋港水族館アドベンチャーワールド

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新しい、美しいペンギン図鑑

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もっとも詳細なペンギン図鑑。デイビッド・サロモン『ペンギン・ペディア』

本屋さんに行くと、さまざまなペンギン関連書籍を見つけることができます。写真が美しかったり、最新の分類基準にしたがっていたりとそれぞれに魅力がありますが、その中でペンギン1種あたりの「情報量」のナンバーワンを挙げるとしたら、デイビッド・サロモン著『ペンギン・ペディア』(河出書房新社)になるでしょう。

『ペンギン・ペディア』では、17種のペンギン(本書ではミナミイワトビペンギンキタイワトビペンギンを亜種関係としているのでこの種数になる)それぞれについて、分布や個体数、体長、産卵数、生活史といった基本的な情報に加え、制作時までに判明していた研究結果や、著者が実際に繁殖地で観察した際の詳細なレポートまで掲載されています。A4より大きい本で、1種に割かれるページ数は16ページ前後。半分ほどが写真とはいえ、かなりの情報量です。大抵の図鑑類ではせいぜい1種につき2〜4ページというところですから、それらと比べれば相当に充実しているといえます。体重については雌雄、年齢、時期ごとのデータも掲載されており、嘴やフリッパーの長さなど、ほかの本ではなかなか知ることのできないデータまで、複数の文献に基づいてまとめられています。最高潜水深度や最高速度など、話のタネにもしやすいデータも種ごとにまとめられていて、ペンギン好きにはたまりません。コウテイペンギンがいちばん深く潜れるのはわかった。じゃあ、ほかのペンギンはどのくらい潜れるの?と思ったときに、(記録がある限り)全種について情報が出てくるのですから、「百科事典」は伊達ではありません。

個々のペンギンの学術的な情報だけでなく、巻頭には野生のペンギンを見に行くことができるツアーのリストが、巻末には世界の動物園・水族館のペンギン飼育リストが掲載されており、まさに至れり尽くせり。下調べにはものすごく便利です。それでいて、価格が3800円というのですから、コストパフォーマンスは抜群です。

ただ、原著の刊行が2011年であるため、少し内容が古くなっている部分は見受けられます。ツアー内容や動物園・水族館の飼育動物などはもちろん、分類や系統樹など学術的な事柄についても、本書の刊行後に決着がついた、修正された内容もいくらかあるため、それらは最新の文献で補っていかなくてはいけません。それでも、生活史など基本的な情報についてこれほど充実した内容で書かれている本はほかにないので、まだまだ、現役として活躍できる本と言えるでしょう。

もし、ペンギンについて勉強したいという人にはじめの1冊を勧めるとしたら、私は本書を選びます。ハードカバーでしっかり製本されていて、写真も、ビジュアル全振りの写真集などには及ばないものの鮮明なものが多いので、部屋に置いて、あるいは眺めているだけでも楽しく、買う価値のある本だと思います。

ペンギンに興味を持ったけど、どんな本を買えばいいかわからないという方がいたら、ぜひぜひ、本書に手を伸ばしてみてください。

 

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独断と偏見のペンギン図鑑1:ジェンツーペンギン

 基本データ

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和名:ジェンツーペンギン

英名:Gentoo penguin

学名:Pygoscelis papua

体長:75〜90cm

分布:南緯46〜65度の亜南極の島々および南極半島フォークランド諸島、サウスジョージア島、ケルゲレン島に最大規模のコロニーがみられる。

生息状況:準絶滅危惧種(NT)。38万7000つがいほど。

特徴1:かわいい

ジェンツーペンギンは世界でもっともかわいいペンギンである。異論は認めない。つぶらな目を縁取る白いアイリングと、そこから頭頂部へつながる白いバンド模様、オレンジ色の嘴、全ペンギンのなかで唯一の黄色いあんよで、お尻の穴まで黄色い。すべてがかわいい。

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白いアイリングと頭のバンド模様がかわいい

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足が黄色いペンギンはジェンツーペンギンだけ

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お尻の穴まで黄色い。かわいい

外観だけでなく、その性格もかわいらしさに拍車をかけている。活発で攻撃的な同属の仲間たち(オオトウゾクカモメを撃退するほどの威嚇をみせるアデリーペンギン、多くの種が天敵に対してはラインを保って防御するところ、自分から差し込みに行くヒゲペンギン)と異なり、ジェンツーペンギンは「温順ペンギン」とよばれるほどおっとり穏やかな性格なのである。ガラパゴス島生まれの自然写真家テュイ・ド・ロイは、著書『PENGUINS: Their World, Their Ways』(上田一生監修による邦訳『新しい、美しいペンギン図鑑』がX-Knowledgeから刊行されている)でこんな記述をしている。

ジェンツーペンギンは、のんきなところが愛らしいと思う。せわしなく過ごす同属の他の種より、暮らしぶりがゆっくりと落ち着いている。

(中略)

南極半島周辺のあちこちで出会ったジェンツーペンギンとの思い出はどれも和やかなものだった。私に興味を持ったヒナがよちよち歩きで寄ってきたり、ズボンの裾や袖を引っ張ったりしたことはよくあったし、あるときなどは、私がじっと地面にすわっていたらペンギンが私の足にすっかり寄りかかって寝てしまったこともあった。

(中略)

ジェンツーペンギンの暮らしぶりを見ていると、どこかほっとして心がおちつく。

これを読むだけで、ほっこりほわほわした気持ちになるのではなかろうか。なお、ロイはジェンツーペンギンについての12ツイートほどの文章の中で、「のんき」「おっとり」「和やか」「おちつく」「ほっとして」といった言葉を合計7回使っている。そうしたくなるような生き物なのである。トウゾクカモメなど1羽残らず駆逐してやる、といった気概を見せるアデリーやヒゲと異なり、驚いて巣から逃げやすいというのもまたかわいい。

特徴2:速い

ジェンツーペンギンの泳ぐ速さは、ペンギンの中でもっとも速いとされている。エネルギー効率重視の巡航速度はそれほど変わらないが、天敵から逃げるときなどのトップスピードは時速36kmにもなるという。平均時速と比べるのは手法としてフェアではないが、人間の水泳自由形の世界記録が時速7.6kmほどなので、その5倍近く速いことになる。飼育下では、なかなかトップスピードを目の当たりにすることはできないかもしれない。けれど、餌の時間などには水中をビュンビュン飛び回る姿が見られるはずなので、観察してみるとよい。なお、潜水深度もなかなかで、200mの深さに潜ることもある。

また、ペンギンの中では走るのも速い。ジェンツーペンギンはヒナを育てるとき、2羽生まれるヒナを競わせ、より素早いほうに多くの餌を与えるので、そのスパルタ教育が活きている……というのは妄想だが、想像以上に速く走れる。

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走るのも速い。

おっとりした性格の割に、運動神経抜群なのである。

特徴3:大きい

ジェンツーペンギンは、コウテイペンギン、オウサマペンギンに次いで、3番目に大きなペンギンである。体長は75〜90cmほどで、同属のアデリーペンギンやヒゲペンギンよりもひとまわり大きくなる。

数字で聞いても「ふーん」で終わってしまうかもしれないが、実物を見ると、驚くに違いない。ペンギンの90cmは、でかい。ペンギンの体長はうつ伏せにして嘴の先から尾羽の先まで測るので、立ち上がったときの身長は数字より小さくなるけれど、それでも生で見るジェンツーペンギンは、想像以上に大きく、存在感がある。とくに大型で嘴の長い亜種キタジェンツーペンギンは、近くに寄ってくるとコウテイペンギン、オウサマペンギンばりの迫力を発揮する。多くの水族館ではペンギン水槽の水面が頭の高さくらいにくるはずだから、ガラス面近くで水面をプカプカ漂っているジェンツーペンギンをよく見てみるといい。頭でかっ、目ぇでかっ! となるはずだ。かわいい(うるさい)。

ちなみに、「けものフレンズ」に登場するジェンツーペンギンのフレンズは、この存在感を反映してかほかの多くのペンギンのフレンズに比べて体の一部が以下略。

特徴4:たくましい

種ごとに特殊な環境に適応していることの多いペンギンのなかで、ジェンツーペンギンは例外的に様々な環境に対応している。雪に囲まれ吹雪にも見舞われる南極半島の海岸からフォークランド諸島の草原まで、さまざまな場所で営巣するし、甲殻類イカ、深海魚、オキアミまでなんでも餌にする。南極付近に生息するペンギンのなかで、冬の間のみとはいえ日本で屋外飼育ができるのはこのペンギンくらいだろう。定住生活をしているので繁殖の自由度が高く、好適な気候条件が整ったらささっと繁殖する柔軟性もある。

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仙台ほどの緯度であれば、冬の間屋外飼育もできる

まとめ

というわけで、ジェンツーペンギンは、美しく性格がよく、運動神経がよくて存在感もある、ペンギン界の万能選手なのである。そのスペックの高さから私の中ではベスト・オブ・ペンギンに輝いている。比較的繁殖しやすく日本の動物園・水族館で見る機会も多いので、ぜひ会いにいって、その魅力に酔いしれてほしい。

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ジェンツーペンギンをみられる動物園・水族館

亜種キタジェンツーペンギンP. p. papua

旭山動物園豊橋総合動植物公園、のいち動物公園小樽水族館登別マリンパークニクス八景島シーパラダイス

亜種ミナミジェンツーペンギンP. p. ellsworthi

那須どうぶつ王国アドベンチャーワールド男鹿水族館GAO南知多ビーチランド海遊館、しまね海洋館

亜種記載なし

福山動物園、(仙台うみの杜水族館)、鴨川シーワールド、マクセルアクアパーク品川、(箱根園水族館)、越前松島水族館名古屋港水族館、(しものせき水族館海響館)、長崎ペンギン水族館

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「ペンギン」の語源について

「ペンギン」という言葉を知らない日本人は、おそらくいないことと思います。この言葉を聞けば誰しもあのずんぐりとした飛べない鳥をすぐ思い浮かべるでしょうし、逆に「これはなんだ?」と写真などを見せられれば、即座に「ペンギン」と答えることができるでしょう。

では、この「ペンギン」という言葉は、一体どのようにして生まれたものなのでしょうか。

「ペンギン」の語源については、大きく2つの説があります。ひとつは、古代ウェールズ語で「白い頭」を意味する「pen-guyn(ペン・グィン)」に由来するというもの。もうひとつは、ラテン語で「太った」を意味する「pinguis(ピングィス)」に由来するというものです。

というと、首をかしげる方がいらっしゃるかもしれませんね。「太った」はわかるけれど、「白い頭」ってどういうこと? と。確かに、現在「ペンギン」と呼ばれる鳥たちだけを見ていると、「白い頭」がそれらの特徴を捉えた言葉であるようには思われません。

その点について説明するためには、かつてヨーロッパに生息していた「もうひとつのペンギン」に登場してもらう必要があります。エトピリカやパフィンを含むウミスズメ科の最大種であった、絶滅動物のオオウミガラスです。「白い頭」説は、南半球の飛べない鳥たちに先んじて「ペンギン」と呼ばれていたこの鳥の頭部に、白い斑点模様がついていたことを根拠に提唱されたものなのです。

「太っちょ」と「白い頭」。どちらが正解であるか、完全な決着はついていません。しかし、日本ペンギン会議の上田一生さんは著書の『ペンギンは歴史にもクチバシをはさむ』(岩波書店)のなかで、ラテン語語源説が優勢であるとしています。

理由のひとつは、「ペンギン」という言葉が文献に頻出するようになったのが16世紀であること。それ以前に「ペンギン」という言葉が存在していた証拠は、「トーマス・バッツという人物がそれらしいことを話していた」という記録以外になく、「ペンギン」という言葉が生まれたのが16世紀であることが示唆されます。このとき「ペンギン」という言葉は、オオウミガラスや、それ以外のウミスズメを含む表現として用いられていました。

もうひとつの理由は、16世紀よりももっと昔、ヴァイキングが活躍していた12世紀頃から、オオウミガラスは「ゲイルフーグル」というまったく別の名前で呼ばれはじめ、「ペンギン」という言葉が使われはじめた16世紀にも定着していた記録があること。ペンギンに先んじて「ペンギン」と呼ばれていながら、オオウミガラスは、もともと「ペンギン」ではなかったんです(ややこしい)。

オオウミガラスにはすでにまったく別の固有名が与えられていたにも関わらず、それより後の時代に、オオウミガラスをピンポイントで示すような「白い頭」という言葉を、ほかの鳥を含んだより集合的な名詞として使うようになるとは考えにくく、古代ウェールズ語語源説は根拠が薄いのではないか、と上田さんは書いています。それよりは、これらの海鳥全体に共通するずんぐりした体型を表す「太った」が語源と考えるほうが妥当である、というわけです。

このようにして生まれた「ペンギン」という言葉には、この後、もう一捻り変化が加わります。

そのきっかけとなったのが、今「ペンギン」という名前で呼ばれている鳥たちの発見です。

16世紀以降、航海技術の発達により西洋人たちは次々と南半球、亜南極圏の島々に到達し、そこで、オオウミガラスとよく似た、さまざまな飛べない鳥たちと出会います。そして彼らのことも、「ペンギン」と呼ぶようになりました。これによって、「ペンギン」という言葉は、今までそう呼ばれていた鳥たちのうち、「よりペンギン(太った)っぽいやつら」を指す言葉に変わっていったと考えられるのです。パフィンやエトピリカ、ほかのウミガラスなどは除かれ、特にまるまるとして飛翔能力さえ失ったオオウミガラスと、南のペンギンたちを限定して指す言葉に変わっていきました。

その後、乱獲によりオオウミガラスが絶滅してしまうと、「ペンギン」と呼ばれる鳥は、今のペンギンたちだけとなりました。こうして「ペンギン」という言葉は、南半球に生息する太った飛べない海鳥たちを指す言葉となったのです。

北半球の寒い海に住んでいた海鳥たちを指す言葉が、いつの間にか、地球の反対側、南半球の寒い海に住む海鳥たちを指す言葉に変わっていく。「ペンギン」という言葉のルーツには、言語や文化の奥深さが詰まっているように感じられます。

パフィンちゃんが「ペンギン」と呼ばれていた世界線も、ひょっとしたらあったんですよ。

 

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