独断と偏見のペンギン図鑑4:フンボルトペンギン
基本データ
和名:フンボルトペンギン
英名:Humboldt penguin
学名:Spheniscus humboldti
体長:65〜70cm
分布:ペルー北部のフォカ島からチリのメタルキ島にかけての大陸沿岸部と周辺の島々
生息状況:準絶滅危惧種。推定個体数2万つがいほど
特徴1:日本代表
世界有数のペンギン飼育数を誇る日本であるが、その中核となっているのがフンボルトペンギンである。2016年に世界動物園水族館協会(WAZA)が中心となって、WAZAおよび6つの国・地域の関連組織(北米動物園水族館協会、欧州動物園水族館協会、前アフリカ動物園水族館協会、日本動物園水族館協会、南米動物園水族館協会、オセアニア動物園水族館協会)に所属する動物展示施設に飼育されているペンギンの種と個体数を調査した結果では、これら6つの組織の加盟施設で飼育されているフンボルトペンギンの総数が4834羽であるのに対し、日本動物園水族館協会の加盟施設で飼育されている数が1872羽であったという。およそ4割が日本で飼われていることになる。一国での飼育数ではぶっちぎりの第1位である。
日本国内で飼育されているペンギンの種類別で比較すると、2位のケープペンギン622羽の約3倍。いちばん少ないマカロニペンギン15羽の約125倍。日本で飼育されている全ペンギン総数の45%をフンボルトペンギンが占める。飼育・展示している施設の数もほかのペンギンに比べて圧倒的に多い。まさに日本を代表するペンギン。アジを投げればフンボルトペンギンに当たる。ペンギン大国ニッポンはほぼほぼ、フンボルトペンギン大国ニッポンなのである。
ペンギンは動物園、水族館の両方で飼育される動物であることから、飼育下繁殖プログラムに伴う個体の交換を通じて、普段あまり交流のない動物園と水族館をつなげる鎹となってきた。とくに個体数が多く、施設間での行き来の多いフンボルトペンギンは、その繋がりの軸になっているといえる。その意味でも、日本を代表するペンギンといえるかもしれない。
特徴2:温帯ペンギン
日本にこれほどたくさんのフンボルトペンギンがいるのは、彼らの生息地が日本の環境に近い温帯域だからである。日本の夏は多くのペンギンにとって暑すぎるが、フンボルトペンギンはもともと、最高気温が30度を超えるような場所にも住んでいる。
温暖な環境に適応するため、フンボルトペンギン(およびそのほかのケープペンギン属のペンギン)にはほかのペンギンにはみられない特徴がある。それは、頭部に広範囲の裸出部(羽毛の生えない領域)を持つということである。フンボルトペンギンの頭部のピンク色は、羽毛の色ではなく露出した皮膚の色だ。これにより熱を放散し、暑い場所でも体温が上がりにくくしているのである。体温が上がってきたときは、より熱を放散しやすくするために体表の毛細血管が拡張し、血流量が増えるので、肌のピンク色がより赤っぽくなる。
おかげで日本でもほかのペンギンのように暑さにやられずにすんだのである。
また、温暖な気候で生活しているということは、温暖な環境下に存在する微生物に対しても抵抗力が強い、ということでもある。極地のペンギンを飼育する上での大きな問題のひとつは、彼らが人間の生活圏のほとんどに常在するカビ(Aspergillus fumigatus)にまるで抵抗力を持っていないということであった。南極は寒すぎて多くの微生物が存在できないため、極地ペンギンたちは微生物に対する抵抗力が弱い。そのためはじめのうち、ヒトであれば多かれ少なかれ日常的に胞子を吸い込んで平気でいるこのカビに肺を侵さればたばたと死んでいった。けれどフンボルトペンギンは温帯域で、さまざまな微生物に囲まれて生きている。だから微生物に対する抵抗力がより強く、感染症にかかりにくい。
このような特徴のために、フンボルトペンギンは極地ペンギンなどに比べて飼育管理がしやすく、繁殖もしやすかった(飼育員や獣医師の地道な努力があったのはもちろんだが、それはほかのペンギンについても同じことである)。そのおかげで、私たちは、日本全国津々浦々で、ペンギンを見ることができるのである。
特徴3:絶滅が懸念されるペンギン
そんなわけで、日本にいると、フンボルトペンギンはありふれた存在だと勘違いしてしまいがちだ。しかし、フンボルトペンギンはペンギン全体のなかでも、とくに絶滅が危惧される種類である。
フンボルトペンギンは、19世紀半ばには100万羽以上生息していたと考えられているが、19世紀後半以降、大幅に減少した。実際の生息数は明らかになっていないが、現在は4万羽ほどと推定されている。国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでは準絶滅危惧種に指定され、ワシントン条約では附属書I類(国際商取引の全面禁止)に記載されている。
減少の大きな原因の1つは、巣穴を掘る土壌として利用していたグアノ(海鳥の排泄物が堆積して出来上がった土壌)が、生息地の多くの場所で肥料として採掘されたことだ。グアノの消失したむき出しの岩盤の上では巣穴を作ることができず、繁殖が困難となるし、グアノの採取は、成鳥や雛を直接殺すことはなくても、繁殖成功率を50%も低下させるという(現在ペルーではグアノの採掘を取り締まっており、採掘者の侵入を防ぐ壁を設け、一部には守衛を配置している)。
もうひとつの大きな要因は、魚粉業者との獲物(カタクチイワシ)をめぐる競合である。大規模が魚粉生産業によってカタクチイワシの資源量が減少し、十分に餌を取れなくなったことが、個体数減少に拍車をかけている。また、ペンギン自体が漁船の網にかかって溺死するなどの影響も出ている。
そのほか、一部のコロニーでは野生化した犬、猫、ネズミが脅威となっていたり、火力発電所の建設の影響が懸念されていたりする。沿岸の漁師たちが、ペンギンを直接食用として捕獲することもある(チリでは捕獲を禁じるモラトリアムが制定された)。人間に対して過敏に反応するため、エコツーリズムなどで訪れる人間も警戒し、繁殖率が低下することがあるという。
いずれも人間の活動に起因するものだ。叫ぶ60度の暴風圏に浮かぶ絶海の孤島に生息していたらここまで苛烈な影響は受けなかったかもしれないと思うと、人間の活動しやすい温帯域に生息していたことはこのペンギンにとって不幸だったのではないか、と思わなくもない。
特徴4:神の子に翻弄されるペンギン
フンボルトペンギンは、餌のほとんどを魚類に依存している。魚粉業者によるカタクチイワシの乱獲の影響をストレートに受けてしまうのもそのためだ。
生息地である南米大陸の西側の海には強い寒流であるペルー海流が流れており、沿岸域の海水温は同緯度のほかの海域に比べて7〜8度低い。そのため、この海域に生息するのは、緯度に反して冷たい海を好む魚種である。フンボルトペンギンは、この魚たちを食べている。
したがって、数年に1度、赤道方面から暖かい海水が流入して水温の上がるエルニーニョは、フンボルトペンギンの生活に大きな影響を与えることになる。
エルニーニョが発生すると、普段この海域に生息している魚たちは、より冷たい海を目指して南へ移動する。と、普段は近場の海で餌をとるフンボルトペンギンも、採餌のためにより南、つまりより遠くの海まで泳いでいかなくてはならなくなる。彼らの生活は、神の子の気まぐれに翻弄されているのだ。
エルニーニョが大規模になると、餌を求めて移動する距離が非常に長くなり、餌をとって繁殖地に戻ることができなくなるペンギンが出てくる。そうなると、雛を育てることができず、繁殖は失敗する。エルニーニョがあまりに大規模であれば、育っていたすべての雛が餓死する、ということもある。
親鳥自身も、十分に餌がとれずに餓死しうる。過去に発生した大規模なエルニーニョでは、個体数が70%以上減少したと報告されている。
とはいえ、これ自体は、ペンギンの生態に織り込み済みの行動だ。もとの個体数が100万あれば、エルニーニョによって大量死が起きたとしても、翌年以降リカバーできる。野生動物の暮らしというのは、概してそういうものである。
問題は、前述の要因によって、もとの個体数が極端に減ってしまった、ということである。もとの個体数が少なければ、大規模なエルニーニョが発生した時に、その影響を乗り越えることができないかもしれない(事実、1984年や1998年のエルニーニョはかなり危なかったようである)。近年の気候変動の影響により、エルニーニョの大規模化が予測されており、今後のエルニーニョをフンボルトペンギンが乗り越えていけるのかどうかが懸念されている。
まとめ
フンボルトペンギンは、(少なくとも日本においては)動物園などで受ける印象と野生下での実態がもっとも大きく乖離したペンギンかもしれない。生息数が少なく珍しい、だから動物園でも珍しいというのであれば、希少な動物であることを認識しやすいけれど、動物園でもっともポピュラーな動物のひとつであるペンギンが、実は今にも絶滅しそうである、というのはなかなか想像しにくいものである。
日本で家畜の飼料や養殖魚用飼料、有機肥料として用いられる魚粉はチリやペルーから輸入される割合も多い。輸入量は年々減少しているものの、地球の裏側のフンボルトペンギンたちの生活に、私たちも関わっている、ということである(家畜の飼料や肥料に用いられるということは、間接的に私たちの口に入っているということだ)。
フンボルトペンギンは、様々な面で、私たちと関わりの深いペンギンである。
ありふれているからといって、見過ごすことだけは避けたい、と思う。
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